Mr.Dashのぶろぐ館(新館)

関西の山々や日本アルプスが大好き。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅡ)、山岳ライターでもあるMr.Dashのブログです。Gooブログのサービス停止(2025/11)により、引っ越してきました!

2026年2月14日(土) [京都北山]花背の三本杉からチセロ山展望所へ、スノーシューハイク!!

■メイン写真
高さ日本一、62.3mを誇る花背の三本杉

■今回のコース
峰定寺駐車場→三本杉分岐→花背の三本杉→緑風の森分岐→展望所→(往路を戻る)→峰定寺駐車場


毎冬、京都北山のどこかの山に足を運んでいる。
今回は「高さ日本一」の花背の三本杉から、チセロ山へ、スノーシューで臨んだ。

峰定寺駐車場にクルマを停めさせていただき、高級料亭の美山荘の前を通る。
最初の橋は、欄干が埋まってしまうほどの積雪だ。
雪は表面が半凍り状態で、踏み抜くとザクッと潜る。

冬季は拝観中止中の峰定寺の山門を眺めつつ、林道を奥へ。

しばらく進むと、林道は右に分岐する。花背の三本杉を示す標識もある。

林道は、そこそこの坂になる。標高差で100mほど上ると、待望の三本杉に着く。
峰定寺の御神木でもある三本杉、寺のホームページに由緒が述べられている。
「2017年11月28日、樹高日本一に認定された花背の三本杉。林野庁によるドローンを
 使ったレーザー測定で三本のうち一本の高さが62.3mと判明しました。
 今では峰定寺門前より手前にしか集落はありませんが、昔、峰定寺で働く人々は
 三本杉のある僧都谷の更に奥のなめら谷に住んでおり、その峰定寺に従事する方々や
 地元の方々が代々この三本杉を守られてきた」
という。

近づいてみると、その迫力に圧倒される。
東側の幹が最も高く、北西側の幹が60.7m(日本第2位)、西側の幹が57.2m(同5位)。
1787年に刊行された「拾遺都名所図会」に、「大木にして又類稀なり」と
紹介されているそうだ。

三本杉のすぐ先が、この日いちばんの難所。
急斜面のトラバースで、倒木を回り込むのが大変だった。
そのあとの急坂もきつい。トレースは皆無だ。

木立の合い間から、峰定寺の本堂が見えた。みごとな懸造りだ。

途中で見かけた、複数の樹木の根が複雑に絡んだ集合体。
リョウブやアセビが、枯死した株に更新している。

支尾根に上がると、芦生杉(アシウスギ)が出現。

なんの足跡だろう。登山道に沿っている。動物も、歩きやすい登山道にやってくる。
道中、ついたばかりと思われるシカやタヌキの足跡をたくさん見つけた。

P826に到着。ここはピークに上がったのは失敗で、夏道はピーク直下を西から巻いている。
東側直下すぐに、林道の終点があるのだが、3mほどの崖になっていて下りられない。

ということで、正規の道を見出して、八桝川から続いている林道に出た。

もう急登はない。快適なスノーシューハイク。

先行者のトレースなどまったくない雪原。

こんどの芦生杉、存在感がすごい。

比良山系の武奈ヶ岳が見えた。

展望所へあと少し。

チセロ山まで行きたかったが、ここでタイムアウト
ここで絶景を楽しんで、往路を戻った。

2026年2月12日(木) [東六甲]仁川渓谷から甲山、甲山森林公園は隠れた魅力がいっぱい!!

■メイン写真
仁川渓谷添いの道から、お椀を伏せた形の甲山を眺める

■今回のコース
仁川駅→仁川渓谷入口(山道に入る)→仁川バットレス上部→広河原休憩所→甲山橋手前の分岐→
P181→ロックヒル中央岩→甲山橋手前の分岐→なかよし池→甲山森林公園北入口→
甲山登山口→甲山自然学習館→甲山→神呪寺→九想ノ滝→甲山森林公園正面入口→
軽登山道入口→観音修行場瀧→大坂城石垣石丁場跡→東入口横分岐→展望台→
(仁川渓谷探索)→地すべり資料館→仁川駅


かねてより気になっていた仁川渓谷を歩いてきた。もちろんこの季節なので、沢を遡行
するわけではなく、左岸に続く、さびれた登山道を拾ってみた。
甲山からは神呪寺に下り、修験の香りがただよう滝行場や、大坂城石垣石丁場跡がみられる
甲山森林公園の軽登山道を丁寧に歩いてみた。なんと15kmもウロウロしてしまったが、
知らなかった数々の隠れた魅力に触れることができ、有意義な調査山行となった。

 

阪急今津線仁川駅から、仁川に沿って歩く。甲山は、どこから見ても丸っこい。

仁川百合野橋の少し手前で右折、また100mほどで左折。高級住宅街の急坂を上り、
住宅の間のカーブミラーと電柱の間から山道に走る。

すぐに風化花崗岩の、開けた場所に出る。ここは右に続く踏み跡をたどる。

落ち葉に埋もれつつあるが、足元は簡易舗装の階段が出てきた。ちょっと驚きだ。

左が急傾斜になっている。落ちないように。

岩壁から立派な木が!!

仁川の流れに近づくと、堰があったりする。
高度経済成長期は、悪臭を放つドブ川と化していたらしいが、そこそこキレイ。

仁川渓谷には、クライミングゲレンデも幾つかある。
仁川バットレスの頂点に立つ。新しい終了点が打たれていた。
まだ現役のゲレンデということだ。

仁川バットレスから仁川の流れを見下ろす。

流れから少し離れていって、甲山方面を展望しながら進んでいく。

展望のよい小ピークで右へ行くと、五ヶ山古墳西1号墳がある。
風化により、原形をとどめていないそうだが、7世紀前半のもので、西宮市では
他にない竪穴式小石室を有するという。

先の小ピークの分岐に戻り、少し下る。両側のササは綺麗に刈られていて歩きやすい。

突然、ササ薮が晴れると、広河原に出た。
野鳥観察の人が2名。ルリビタキなどが観られるそうだ。

広河原休憩所。

五ヶ池ピクニックロード(車道)に出て、公衆トイレの向かいの山道に入る。
奥にはかつての仁川公園の野外ステージ跡のような広場があり、左の
踏み跡へ。ところどころ、コシダの薮をかき分け、たまにズボンに引っ付くマダニを
払いながら進む。はじめの分岐を、踏み跡が濃い右に行くと、地形図のP181へ。

ぐるっと回り込むと、ロックヒル中央岩に到着。

丸い岩に登り、展望を楽しむ。

東へ下る途中、かつての仁川フィールドアスレチックの入口の柵を抜ける。
足元に朽ちた看板が転がる。
周辺は、もともと1951年10月に仁川ピクニックセンターとして阪急電鉄が開発。
1960年代にさびれたものの、1976年にフィールドアスレチックやテニスクラブが
整備された。
その後、1998年頃に仁川自然植物園が閉園し、2003年に阪急から西宮市に施設の
跡地が寄贈され、センター全体が閉鎖されたらしい。
いろいろ暗い事件もあったので、仕方なかったのかな。

フィールドアスレチックの名残だろうか。
擬木階段の一部はまだ残っている。

五ヶ池ピクニックロードに戻り、甲山橋を渡る。
途中で、なかよし池に寄り道。桟橋が新調されていて、橋げたか従来の木製から
金属製に替わっていた。

甲山登山口。奥に見えるのは甲山自然学習館。

甲山自然学習館に寄ってみる。展示をひととおり見させていただく。
登山口前の地質の説明パネルは、大いに勉強になった。

甲山への道すがら、りっぱな頼朝塚がある。
源頼朝は、甲山南麓にある神呪寺が寂れていたのを、寿永年間(1182~5年)に
梶原景時を奉行として再建した。その縁があるのだろう。

少しの登りで、甲山の広い山頂に着く。三角点。

山頂の平和塔は、1956年、平和を願う女性たちによって建立された。
また、山頂からは青銅製の銅矛が出土している。
この山頂部は、六甲山系のほとんどが花崗岩なのに対し、もとは古い火山で、
マグマの貫入により、安山岩でできている。「甲山安山岩」と呼ばれる。

南に下ると、神呪寺に出る。
甲山と、寺の由来については、神呪寺HPから引用(一部略)する。
~「神功皇后が国家平安守護のために、山に如意宝珠・金甲冑・弓箭・宝剣・衣服等を
 埋めたことから甲山と名付けられた」説や、「山の形が甲に似ているから」という説
 もある。神呪寺は「かんのうじ」と読む。「神の寺」→「かんのじ」→「かんのうじ」と
 なったようだ。
 神呪は本来「じんしゅ」と読み、「神秘なる呪語」「真言」という意味。「じんしゅじ」
 の時代もあった。
 開山当時の名称は「摩尼山・神呪寺(しんじゅじ)」で「感応寺」という別称も
 あったようだ。山号も後に「武庫山」と変わり、先代・光玄のときに現在の「甲山」と
 なっている~

参道を下り、バス道を東へ少し行くと、森林公園へ続く散策路が分かれる。
バス道は、クルマがスピードを出してビュンビュン来るので、散策路はありがたい。

柵咲く路の途中で、九想ノ滝に立ち寄る。
かつては神呪寺境内の一部だったようで、今も滝行が行われているようだ。
付近には磐座もある。個人的には、こういう場所はテンションが上がる。

甲山森林公園の正面入口。ここで園地内に入る。

敷地の南東を周回する「軽登山道」が設定されている。

眺めのよい休憩ベンチなどがある。尾根に出ると、丸い大岩がごろごろしてくる。

一度、小さな谷筋に下りる。

この先で、右下にまたまた行場があるので、立ち寄ってみた。
観音修行場瀧で、ここも今だ現役の風情。

軽登山道に戻って登り返すと、道のわきに、大坂城石垣石丁場跡が現れる。
徳川秀忠大坂城を再したとき、九州の鍋島氏に命じて、この山域の石を伐り出し、
石垣に用いたという。

開けた小ピーク。ここにも伐り出し途中の岩がある。
ここは役行者が開いた道場跡と伝わる仏性ヶ原。

尾根道を40mだけ下りたところにも、巨大な残念石がある。
矢穴の跡がみごとだ。

P171の直下にある展望台に到着。

阪神競馬場関西学院大学大阪市内、大阪湾などが広く見渡せる。この日は春霞。

P171にも残念石をみつけた。
どこに石があるかは、公園東口や、展望台に詳しい説明板がある。

あとは下山するのみだったが、時間と体力に余裕を感じたので、
講演の敷地外に出て、薄い踏み跡をたどって仁川の流れに下りてみた。
このルート、かなりの急坂であるうえに、ほぼ人が通っていないようだ。
沢を遡行する人やクライマーがアプローチに使う程度と思料する。
一般ハイカーは行かないほうがいい。

危険エリアのつづき。ゲレンデのひとつ「摩天楼」。岩場の真上には住宅がある。
このほか、少し右に「パール」も見えた。
今でも登っている人はいるのだろうか。

公園の遊歩道に戻り、地すべり資料館に下山。
阪神淡路大震災で、ここ仁川百合野地区は大きな土砂災害に遭った。
当地区では13戸の家屋が倒壊、34名が死亡という傷ましい災害だった。
地すべり資料館は1997年にオープンし、当時の被害やその後の対策工事、
地盤安定確認のための観測データ、土砂災害のしくみ等について伝えてきた。
震災20年を迎えた2015年1月に展示内容をリニューアルオープンされた。
この日は運悪く定休日。

仁川駅前のファミマは、2階がイートインスペースになっていて期間限定発売の
チーズ入りファミチキとホットコーヒーで、1人だけのアフター登山を楽しんだ。

2026年2月7日(金)~9日(日) [須坂]米子大瀑布、大迫力の氷瀑へ!!

■メイン写真
鉱山跡から見た米子大瀑布。権現滝(左)、不動滝(右)

■今回のコース
冬季駐車スペース⇒(雪上車)⇒駐車場→周回路分岐→雨宿岩→不動滝展望スポット→
米子不動奥之院→権現滝展望スポット→根子岳山荘→米子硫黄鉱山跡→あずま屋→
周回路分岐→駐車場⇒(雪上車)⇒冬季駐車スペース⇒湯っ蔵んど


長野県須坂市にある米子(よなこ)大瀑布。
四阿山根子岳の、長野県側からの登山拠点でもあり、秋の紅葉のころは大人気だ。
この滝群は、冬にみごとに凍りつき、巨大氷瀑となる。

ここへ通じる林道は、冬季は積雪のため車両は通行禁止だ。
そこへ昨年から、(株)マウンテンワークス(https://yonako.jp/winter/)の尽力で、
雪上車を使って立ち入りできるようになった。
登山者は、林道の途中でクルマ(4WD車、スタッドレスタイヤ必須、チェーン装備)を
路肩に駐車し、そこから林道終点までの約3.6kmを、雪上車に乗せてもらう。

なかなか乗れる機会もない雪上車。揺られること30分強で、林道の終点へ。
無雪期は、ここまでクルマで入れる。
トイレは簡易トイレが1ブース、設置されていた。
登山靴、スノーシュー、ストックがない人は、ここで道具を借りる(有料、事前申込)ことも
できるが、我々パーティは完全装備で臨む。

さあ、スノーシューで行動開始だ。

登山道に入ってすぐ、左に出現するのは熊野権現祠だ。
米子不動尊は、修験の山でもある。

まずは頑丈な橋を渡る。下を流れる川の水は赤い。
あとで立ち寄るのだが、ここはかつて鉱山もあったことから、このあたりの沢の
幾つかは、水が飲めないという。

前半戦の難所である吊橋。数年前の台風で流され、新しく架けられたもの。
この橋に雪が30cm積もったら耐荷重量になるとのことで、スタッフが除雪している。
歩いて渡る際も、1人ずつ渡り、橋の負担を軽減してほしいとのこと。

やがて右側に米子大瀑布を構成するメインの滝の一つ、不動滝(92m)が見える。
古くから修験者の「みそぎの場」として知られていた。
氷が青く見える。関東ではほぼ見られない光景に、ご参加のお客様から歓声があがる。
よく見ると完氷しておらず、一部に水が落ちていくのが見える。

右端に細く見えるのは、無雪期には水流がなくなる黒滝で、冬季しかみられない
「幻の滝」だ。

急斜面をトラバースぎみに上ると、米子不動尊奥之院に着く。
日本三大不動尊の一つ(諸説あり)に数えられ、白山を開いた泰澄一番弟子・浄定が
開山した。後になって熊野信仰などの影響をうけ、山岳修験道霊場として栄えた。
戦国時代には上杉謙公の念持仏の不動明王を本尊として祀った。
本坊は、現在は麓の里にある。

その向かい側に建つのが、根子岳山荘だ。
(株)マウンテンワークスが、本格営業に向け、種々、努力をされている。

奥之院の右から、山側に少し上ると、先ほど見た不動滝に、より近く迫ることができる。
無雪期には山伏などが滝行に励むという。
これまた、ド迫力である。

展望スポットには大きな倶利伽羅剣(不動明王が右手に持つ剣)が立てられている。

剣の鍔のデザインが「ネコ」のようにも見える。根子岳だから(笑)?
なお、このデザインは根子岳山荘のイメージマークにも採用されている。

奥之院に戻り、今度はその左手から少し奥に進むと、権現滝(82m)が望める。
少し小規模になるが、より険しさが伝わってくる。

根子岳山荘に戻り、ストーブがつけられた室内で昼食タイム。
根子岳山荘の歴史は古く、1919年に茶屋として建てられ、その後、滝山荘として
宿泊可能な山小屋となったが、2000年代に経営者が亡くなり、廃墟化していた。
それを(株)マウンテンワークスが2018年から少しずつ改修している最中だ。
ツアー利用者には、山荘からコーヒーやスープなどが提供される。
これがじつに嬉しい。

外の気温はマイナス9度くらいか。あまり寒くない。

午後は、硫黄鉱山跡からの米子大瀑布が一望できるベストポイントを目指す。

硫黄鉱山跡の平坦地の直下から、米子大瀑布を俯瞰する。
100m以上ある岩壁に、凍てつく権現滝(左)と不動滝(右)が竜のようにへばりつく、
壮大な風景。
ちなみに不動滝は別名「白龍の瀧」、権現滝は別名「黒龍の瀧」、二つを総称して
「双龍の瀧」とも呼ばれる。

平坦地の横は、シラカバ林。霧氷がうっすらできていて幻想的だ。

平坦地には、かつて精錬所のほか、社宅、保育園、大浴場、売店などがあった。
ここに1500名が住んでいたというから驚きだ。
実際の掘削現場は、もっと南東に、山に入ったあたりだという。
公衆トイレは冬季閉鎖

200mほど北には、学校、テニスコート、事務所、記念碑、経営幹部の社宅などが
あったという。
現在はあずま屋があり、ここで最後の休憩をとる。ここが本日の最高標高点だ。
米子大瀑布は、また少し角度が変わって見えておもしろい。

つづら折りの登山道を下る。

無事に登山口に戻ると、雪上車はスタンバイ完了。
帰りは、林道のカーブミラーを通りがかるたびに、映り込む雪上車の写真を撮る。
これのタイミングが、じつはかなり難しく、雪上車のキャビン内は大いに盛り上がった。

下山後、帰りに日帰り温泉「湯っ蔵んど」内の喫茶コーナーで、コーヒー、団子、
アイスクリームなど、めいめいアフター登山を楽しんだ。
入浴してもよかったが、今回利用した長野駅前のビジネスホテルは、天然温泉水を
使用していたので、寝る前に入浴することにしたのだ。

長野駅の近くで、楽しかったスノーシューハイクを反芻しつつ、地元食材に舌鼓。
おつかれさまでした~!!

2026年2月4日(水) [熊野古道・紀伊路]藤白峠~拝ノ峠を歩く!!

■メイン写真
福勝寺にある裏見の滝

■今回のコース
海南駅→祓戸王子跡→鈴木屋敷→藤白神社→有馬皇子史跡→藤白峠(藤代塔下王子跡、地藏寺)→
阿弥陀寺、橘本王子跡→福勝寺→橘本神社、所坂王子跡→山路王子神社、一壺王子跡
拝ノ峠→蕪坂塔下王子跡→太刀宮→爪書地蔵→山口王子跡→伏原の墓→くまの古道ふれあい広場
紀伊宮原駅


この日は申し分ない晴天予想。このチャンスを逃すべきでないと思い、ずっと気になっていた
熊野古道紀伊路のハイライトともいえる「藤白峠~拝ノ峠」間を撮影取材してきた。
ほとんど舗装路で、登山靴は不向き。今回はアプローチシューズで歩いた。

それぞれのランドマークには、その由来、歴史など背景があるのだが、
最近なんだか忙しくなってきており、時間短縮するため、ここではあまり詳しい解説文は
入れないでおく。

JR紀勢線海南駅を出て、高架線路に沿った道を南下する。
まずは熊野 一の鳥居跡。現在、鳥居はない。

次は祓戸王子跡へ。
日限地蔵院からは直接行けないので、迂回して、森の中に並ぶ石仏群を見ながらアプローチ。

祓戸王子跡

すぐ上で日限地蔵院の墓地に出る。ここからは海南駅付近と城ヶ峰が展望できる。

鈴木屋敷。
全国の鈴木姓の発祥の地とされる。

入場券を買って、中に入れてもらった。
現在の建屋は、復元されたものだ。

鈴木屋敷の敷地をそのまま通り抜けると、藤白神社だ。
まず巨大なクスノキに迎えられる。圧倒的な迫力だった。

白神社に参拝。
境内には有間皇子を祀った有間皇子神社もある。

有馬皇子史跡。
孝徳天皇の皇子、有馬皇子は、中大兄皇子との政争で処刑された悲劇のプリンスで、
この場所で処刑されたと伝わる。

有馬皇子史跡の隣に、一丁地蔵がある。
このあと藤白坂へは未舗装道になるが、丁石地蔵が続く。

竹林の美しい道。

眺めが開け、和歌浦方面が見える。

七丁地蔵だけは、立派な祠があり、横に休憩ベンチがある。

ふたたび和歌浦方面が開ける。ずいぶん登って来たぞ。

またまた竹林。

筆捨松遺跡にある硯石。

藤白峠に咲いていたロウバイ。春は着実に近づいている。

藤代塔下王子跡である地藏寺に到着。

藤白峠を越えると、長峰山脈の風力発電の風車群が見えてくる。

斜面はミカン園だ。

橘本王子跡である阿弥陀寺
「橘本」つまり我が国における柑橘類の栽培のルーツはここ。

熊野古道を少し外れて、福勝寺に寄ってみることにした。
「みかん発祥の地」の標石が立つ。
ここで実ったみかんを使ってお菓子を作ったことから、お菓子発祥の地でもある。

福勝寺への長い石段。
一瞬たじろぐが、当ルートを歩くのなら、やはり福勝寺を省いては点睛を欠く。

福勝寺。本堂前からは絶景が広がっていた。

寺の奥に足を延ばすと、黒っぽい岩壁に不動明王が祀られ、そこにポタポタと
水滴が降っている。裏見の滝である。
個人的には、今回のルートのクライマックスだと思う。

橘本神社、所坂王子跡

山路王子神社、一壺王子跡
土俵がある。赤ん坊の「泣き相撲」という儀礼が行われる。

山路王子神社は、かつて後鳥羽上皇が昼食を摂ったと説明に書いてあった。
だからということでもないが、ちょうどお昼時になったので、Mr.Dashも
ここで昼飯を食べた。

沓掛集落から拝ノ峠へは、つらい急坂となる。未舗装の山道のほうが、はるかに楽だ。
時折、振り返ってみると、みかん畑ののどかな風景が癒してくれる。

鳥のさえずりが聞こえ、カメラを向けた。モズだった。

最後はやや細い(クルマが通れない)道幅になって、拝ノ峠に出た。

蕪坂を進むと、進行方向右手が大きく開け、下津港方面が見える。

蕪坂塔下王子跡
このあたりが今回のルートの最高点となる。だいたい320m強くらいか。
ここからは、ひたすら下り坂になる。

猿田彦を祀る太刀宮。
オモチャではあるが、たくさんの太刀が奉納されていた。

爪書地蔵。祠の中には、弘法大師が爪で刻んだという阿弥陀仏地蔵菩薩
彫像があった。

車道は大きく蛇行して遠回りになるので、歩行者用の近道がある。
都度、標識があるので迷うことはない。

山口王子跡。公園の一角にたたずむ。

集落に出ると、ほどなく伏原の墓に着く。
熊野参詣中に、不幸にも亡くなった旅人たちを供養している。

宮原警察駐在所前交差点のすぐ手前には、「くまの古道ふれあい広場」が
あり、あずま屋とトイレがある。自販機等はない。
ちょうどいい時間の帰りの電車がないので、この広場でおやつを食べながら
しばらく時間をつぶした。

紀伊宮原駅に到着。
スタートの海南駅へは6駅分ある。そう思うと、けっこう歩いた感じもする。
熊野古道紀伊路をコンプリートしたい人は、あとの時間を使って、完全にロードと
なるが、湯浅駅まで歩くのだろう。

2026年2月1日(日) [富士を見る山旅]奥沼津、沼津アルプスを完全縦走!!

■メイン写真
貫山展望台から見た富士山。手前にあるのは愛鷹山

■今回のコース
原木駅茶臼山登山口→茶臼山→日守山(大嵐山)→大平山→鷲頭山→小鷲頭山→志下山→
徳倉山→横山→香貫山→黒瀬登山口→沼津駅


かねてから歩いてみたかった奥沼津アルプスと、沼津アルプス。
富士山の眺めと、オーシャンビューがすばらしいご当地アルプスである。
沼津アルプスは、1980年に地元で命名され、その後「山と溪谷」の「人に教えたく
ない山特集」に掲載されて人気に火がついたという。
富士山が美しく見える冬場を選んで、歩いてきた。

最高点の鷲頭山でも標高は392mに過ぎないが、名前が付いているピークだけで9座。
そもそも長距離であるのに加え、それぞれのアップダウンの傾斜がきつく、連続する
固定ロープや、ハシゴ、クサリが設置された箇所が多い。
体力がじわじわ奪われるハードコースだ。

三島駅前のホテルに前泊し、6時台の伊豆箱根鉄道で、無人駅の原木駅へ。

狩野川を渡る石堂橋の向こうに、富士山が見えた。今日は晴れそうだ!!

ここが登山口だ。

ササのトンネルを抜けて、最初のピーク、茶臼山へ。
ちょうど朝日が昇ってきた。

次の日守山(大嵐山:おおぞれやま)は、桜の木が植えられた日守山公園の頂上だ。
展望デッキから、富士山が望める。

公園エリアの一角から、大平山へ続く尾根道に入る。柵の隙間の狭いこと!!

急坂を下り、鞍部にさしかかる。尾根右側の岩壁が垂直に、人工的に切られている。
ここは伊豆石とよばれる凝灰岩の採石場跡だそうだ。

「さざれ石」のプレートがかかる岩。凝灰角礫岩である。
この先、これより大きな礫岩は次々に出てくるが、なぜこの岩に名前がついて
いるのか、現時点では分からない。

ちなみに、沼津アルプスは、「伊豆半島が本州に衝突する以前(約1000万年~
200万年前)に、浅い海底で噴火した海底火山の噴出物と、それから削られた
土砂などが堆積した地層が、本州との衝突によって隆起し、その後に浸食が進み」
誕生したという。

1つ目のハシゴを下る。その先はトラロープに従い、岩尾根を進む。

ユニークな形の岩が現れておもしろい。こうした変化も、当コースの楽しいところ。

久しぶりに、遮るものがない富士山の姿を拝む。

2つ目のハシゴを下る。こちらのほうが短い。

大平山に到着。

沼津アルプス起点の香貫山登山口の大看板には「Mt.Ohira」と書かれているが、
山頂の山名板には「おおべらやま」とある。呼び名というのは難しい。

多比口峠を過ぎると、差進行方向左側が開け、江浦湾と淡島が見えた。
この日は風がほとんど吹かず、海面は鏡のように静かだ。

続く多比峠の手前には、岩を削って造られた石段があり面白い。ほんの数メートルだが。
沼津アルプスは、道中、関西の低山のように石仏がバンバン出てきたりすることは
ないので、たまにこうした人の手が入ったものが出てくると印象が強くなる。

相変わらず、険しいアップダウン。
土壌は粒子が細かい火山灰質なので滑りやすいうえ、落ち葉が拍車をかける。
落ち葉も、葉の表面がツヤツヤしているウバメガシが多いので、これまた滑る。

ちょっとした急坂をエイヤッと登り、鷲頭山に到着する。
広場のようになっている山頂は、古くから鷲頭神社が鎮座する。
室町時代に、干ばつと狩野川の氾濫に脅かされていた地元の住民たちが、伊予国から
水の神である高おかみ(おかみ:雨冠に龍)神を勧請した由緒ある神社だ。

といっても、拝殿などはなく、この石祠があるのみ。
山頂にはミカンの大木が1本立っていて、そこから落ちた果実が祀られていた。

しばらく進む。平清盛の五男・三位中将重衡が切腹した地。
しかし、重衡は史実上は、一ノ谷の戦いで捕虜になって鎌倉へ護送され、平家が滅亡した
後、奈良と京都の境あたりの木津川のほとりで斬首され、奈良坂の般若寺門前でさらし首に
差されたという。

小鷲頭山。ここは純粋なピークというよりは、少し離れてみると鷲頭山との双耳峰の
ような存在。

コース一番の、急な下り坂。地形図の等高線でみると、最も間隔が詰まっているところ。
ここは特に慎重に下った。

中将岩に到着。礫岩の垂壁の下が岩屋になっていて、石仏が安置されている。
ここは、平重衡が囚われたのち、幽閉されたという場所だ。
別説では、鎌倉に囚われた重衡が身の危険を感じて出奔し、ここに隠れ住んだとも。

志下峠(ぼたもち岩)。これも凝灰角礫岩。

無名の小ピークをひとつ越え、きらら展望台へ。
樹林帯が途切れて、志下の港が眼下に見える。
展望台の名前のとおり、駿河湾がきらめていてる。

馬込峠、奥駿河パノラマ台、目立たない志下山のピークを経て、ふたたび急坂。
その途中、開けた場所がある。千金岩見晴台だ。

千金岩見晴台から見た駿河湾

機関銃の銃座跡に到着。深い穴が掘られている。
太平洋戦争末期、空を行く米軍機を迎撃するために設置されたというが、
ここから「機関銃」の銃弾を空に撃って、米軍機に当たるのか?

徳倉山に到着。
樹木の合い間から、ちょうど富士山が覗く。
ここも広い山頂。休憩によい。

笹薮になると、登山道の少し先にソウシチョウが何羽もいた。
数メートルの距離になっても逃げない。
ソウシチョウは、綺麗な鳥だが、特定外来生物で「日本の侵略的外来種ワースト100」に
入ってしまっている。

固定ロープの代わりに鎖が張られた坂を下り、横山峠から登りに転じる。
登りついた横山のピークは、かなり地味だった。

横山からの下り坂がなかなか強烈で、約160mを一気に下る。
ここまで既にかなりの距離を歩いてきており、皆さん、足並みに疲れがみえる。
八重坂峠は、バスも通る車道である。
バス停がすぐそこに見える。もうここでバスに乗ってしまいたい欲求をグッと
こらえて、最後のピーク、香貫山へと向かう。

閉業した打ちっぱなしゴルフ練習場の横、林道を歩き、途中で山道に入る。
桜が植えられた公園内を通り、香貫山へ。
山頂は電波塔の金網の横で、眺めもない。

ということで、山頂から西に約200mほどのところにある展望台に移動。
こちらはテレビ塔そのものが展望台になっていて、全方位の絶景を楽しめる。

展望台の下にあるモニュメントと富士山。

モニュメントの中には、ミニ富士山が造られている。

駿河湾は夕方になって、やや波が出てきた。
手前は沼津市内、バックは南アルプスだ。

南側には、この日、歩いてきた山々が見える。ずいぶん歩いてきたものだ。

狩野川の河口。まだ夕陽というには早い、夕方の太陽。

最後に絶景を見ることができて、がんばって完歩した感激がバクハツ。

黒瀬へ下山。バスが来るまで十分な時間があり、ただ待つだけも寒いなあと
いうことで、余力をかって沼津駅まで歩いた。
後半に歩行ペースがガクッと落ちると予想していたが、その想定タイムより1時間
以上も早く、沼津駅に到着。帰りの新幹線も、それぞれ早い便がとれた。
めいめい、駅弁を買って早い夕食を摂ったり、喫茶店でケーキを楽しんだり、
お土産を買ったり、まだまだ元気いっぱい。おつかれさまでした!!

2026年1月29日(木) 会社時代の先輩が柳生にライダーズカフェ「Rider’s cafe_siropapa」をオープン!!

■メイン写真
「Rider’s cafe_siropapa」の小さな看板

会社時代の先輩Sちゃんが、サラリーマンを退職後、次の職場経験を経て、ついに"自由人"の
仲間入りを果たし、奈良市の東のはずれ、柳生の里にほど近い阪原に、ライダー向けの
小さなカフェ「Rider’s cafe_siropapa」をこのほどオープンした。

Sちゃんは、若いころからバイク好き。オフロードバイク栗東あたりを乗り回して
おられた。
Mr.Dashが奈良工場にいた頃、アウトドア好きの若手社員たちが部門の垣根を超えて
バーベキュー大会を楽しんだりしており、Sちゃんとは、その頃に知り合った。
会社では商品企画や技術開発を担当するSちゃんだが、オフはバイク、酒、最新のギア(道具)、
アウトドアをフルパワーで楽しむ愉快な先輩だった。

1999年頃、本社に戻ったMr.Dashは、古巣の広報室から依頼を受けた。それは、
「仕事を全力でこなしながらもイキイキとした趣味をもっている社員を新聞に載せて、
会社の闊達なイメージを高めたい。誰か知らないか?」というものだった。
うってつけのSちゃんを推薦したところ、今はない大阪新聞に、自宅ガレージで
自慢のオフロードバイクを愛でるSちゃんの大きな記事が載ったのが懐かしい。

さて、気になっていた「Rider’s cafe_siropapa」を訪れてみた。

地元の運送会社の空きガレージを借り受け、

その広々としたスペースに、牽引式の移動キッチンが鎮座する。

横にはグランピング風のシースルードームテントを並べた、ワイルドなスタイル。
この時期は寒いので、お客さんは、ストーブで温められたドームテント内で
コーヒーを楽しむといった具合。
アウトドア好き、ギア好きのSちゃんの志向がストレートに出ている。

自家焙煎のコーヒーを出して頂くと、これがまた美味。
何にでもこだわるSちゃんの真骨頂である。
「興味を持ったことしかやらへんねん、興味がないものは一切やらない」と
楽しそうに語る。

なんとも居心地のいい、素敵な「城」いや「おもちゃ箱」だろうか。
お互いにSNSではつながっているので、なんとなくの近況は分かっていたつもりだが、
ずいぶんご無沙汰していたので、暗くなるまで話し込んでしまった。
柳生街道をツーリングするライダーがちょくちょく立ち寄ってくれるようになって
きているようだ。また、サラリーマン時代の上司の方々も姿を現したとか。

これまでにも、いくつもの夢をかなえてきたツワモノだが、今度も素敵にカタチに
されたのはさすが。
突然の訪問にも暖かく迎えてくれたSちゃん、ありがとう!!

「Rider’s cafe_siropapa」、ライダー諸氏はもちろん、柳生街道を歩く方、
クルマでのドライブ好きの方も、ぜひ立ち寄ってみてください!!

「Rider’s cafe_siropapa」
https://shirobu964.wixsite.com/siropapa-1

2026年1月25日(日) 鈴鹿方面の道がオールクローズで、急遽[曽爾]屏風岩、住塚山、国見山へ!!

■メイン写真
最近伐採された、住塚山と国見山の間(ゼニヤタワ周辺)。

■今回のコース
屏風岩公苑→若宮神社→若宮峠→?風岩一ノ峰→住塚山→ゼニヤタワ→国見山→
ゼニヤタワ→若宮峠→屏風岩公苑⇒お亀の湯


数年に一度の寒波到来。
もともと、この日は鈴鹿山系の国見岳と御在所岳に行く予定だったが、アクセス手段が全滅。
名阪国道新名神名神のほか、高速道路が通行止めになった場合の迂回路に使える
国道165号や、山添村へ抜ける県道80号、鈴鹿峠越えの国道1号まで、すべて通行止めと
なってしまった。

開いている道と雨雲(雪雲)レーダーを見比べながら、急遽、曽爾村へと進路変更した。
住塚山が、しばらく伐採のため立入禁止になっていたが、それが終了して、再び
歩けるようになっているはずなので、伐採地の様子見を兼ねて登ってみた。

村から林道に入ると、じきにうっすら積雪した状態に。4WD、スタッドレス装着なら
へっちゃらだ。
屏風岩公苑の駐車場から、屹立する屏風岩を見上げる。
いつもながら、溶結凝灰岩の垂直の岩壁には圧倒される。
これから、あの切れ落ちた稜線に向かうのだ。

若宮神社が登山口だ。

植林の中をジグザグに上っていくと、若宮峠に出る。
冷たい風が峠に集まって吹き込み、寒い寒い。

いよいよ屏風のリッジへ。進行方向の左側はスッパリ。

恐竜の背中のようなコブを次々に越えていく。意外に急斜面。

屏風岩公苑の西端へ下る分岐から先は、ほどなく自然林に変わる。

住塚山に到着。絶景っ! と言いたいところだが、雪雲で遠くまで見えない。
それでも倶留尊山、曽爾高原、古光山あたりまでは見えた。
山頂部はなぜか風が緩かったので、手早くランチタイムとした。

次の目標は国見岳だ。

肉球系。なんの足跡かな? まだ新しい。

ゼニヤタワへの下り。伐採地が見えてくる。

ゼニヤタワから国見山へ登り返す。
右側にフェンスが張られていて、旧来の登山道の一部がなくなった。
代わりにフェンス沿いに直登するような感じになり、上部では左の植林内へ、
旧来の登山道に合流していく。

さっき歩いてきた屏風岩のギザギザ尾根が見える。

国見山への道は、ややワイルドだ。
急登を登り切ったら、次はヤセ尾根が出てくる。

山頂直下には、ちょっとした岩場も出てくる。慎重にこなす。

国見山に到着。
天気予報では、午後には雪は降らないとのことだったが、実際は午後になってから
チラチラと降り始めた。風も出てきたので、山頂には長居せず。

ゼニヤタワに戻り、真新しい伐採用の作業道を下る。足の感覚から、途中から簡易舗装が
なされていることが分かる。

谷筋に下ると、済浄坊渓谷につながる林道に合する。
道路わきに大きなツララができていて、ポキポキ折ったりしてしばらく皆ではしゃぐ。

若宮峠へは、少しばかり登り返す。

若宮峠に到着。あとは朝、歩いた道を駐車場へと戻るだけ。

帰りに、曽爾高原温泉・お亀の湯へ。ヌルヌルの、いわゆる「美人の湯」の泉質だ。
お亀の湯は、 1月26日(月)から2月末日まで、配管のメンテナンス工事のため
休業になるので、この日は滑り込みセーフで入浴できた。
この天気にもかかわらず、意外に混んでいたので驚いたが、冷えた身体を癒せて
本当にありがたかった。

2026年1月24日(土) [大江山]大雪の中のスノーシューは、ほぼラッセルの連続!!

■メイン写真
鬼嶽稲荷神社前からの絶景。三角形の山は岩戸山(日室ヶ嶽)で、麓の天岩戸神社の禁足地。


■今回のコース
林道(除雪終了点)→鬼嶽稲荷神社→林道(除雪終了点)


寒波到来。昨夜まで、日本海側はかなりの積雪があり、この上ないスノーシュー日和。
いや、「この上ない」を通り越して、トレースなしのラッセル山行となった。

ログカフェ フローレスタの前あたりまで除雪されていて、路肩に駐車。
当初、鍋塚方面へと考えていたが、林道のラッセルがきつそうなので、
鬼嶽稲荷神社へ向かう。

前日の荒天からうって変わって、青空が美しい。

道中、ユーモラスな鬼が迎えてくれる。青には酒瓶と大きな盃を持つ。

赤鬼は、大江山(千丈ヶ嶽)の方角を指さしているのだろうか。

空山の伐採地がゲレンデのよう。

鬼嶽稲荷神社に到着。ここまでは舗装林道なので、無雪期はクルマで入れる。
トイレは冬季閉鎖中だった。

なんの足跡かな?

神社から先の急登は、トレースがない。
ラッセル開始!!

午後になって、空模様が重くなってきた。
青空は消え、粉雪が舞い始める。

標高780mくらいでタイムアップ。
スノーショベルで雪のテーブルを掘り出し、しばし休憩。

下山はフカフカの雪面を自由に滑り降りる。

スノーシュー初体験のお客様も、すぐに慣れていただけた。
時間をかけて苦しみながら登ったのに、下りはあっという間に神社へ。

帰りに大江山グリーンロッジでおいしいコーヒーを飲み、
道の駅 京丹波 味夢の里で小腹を満たして、アフター登山を楽しんだ。

2026年1月21日(水) [坂越]宝珠山から、みかんのへた山古墳へ、下山後に牡蠣を味わう!!

■メイン写真
茶臼山の展望台からの坂越湾。原生林が残る生島が浮かぶ

■今回のコース
坂越第一観光駐車場→大避神社→妙見寺→茶臼山(城跡)→宝珠山→壺江山(大谷山)→
みかんのへた山(古墳)→海の駅・しおさい市場→坂越第一観光駐車場


兵庫県赤穂市の坂越(さこし)湾に面した宝珠山などの低山群を歩いてきた
山そのものはラクチンだが、神社仏閣、古墳、オーシャンビューありの退屈しない
コースだ。
おまけに、下山後に焼きたての牡蠣を楽しめるのがいい!!

まずは大避(おおざけ)神社へ。
祭神は秦河勝・天照皇大神春日大社
秦河勝は、渡来人の家系・秦氏のひとりで、聖徳太子に仕えた。
蘇我馬子を恐れて、奈良から坂越へ逃げてきて、この地で没した。

大避神社の絵馬堂には、絵馬が40も掲げられ、中には280年前のものもある。
「坂越の船祭り」は国の重要無形民俗文化財だ。

神社のすぐ脇にある坂越浦城跡では寒桜が咲いていた。

坂越浦城跡から海を望む。

茶臼山までは解説板が各所に設置されており、参考になる。
名所の謂われなども解説してある。

妙見寺。大避神社のすぐ上にある真言宗の寺。
天平勝宝年問(749年~757年)に行基が開き、大同元年(806年~810年)に空海が中興したと
伝わる。観音堂は懸造になっており、ここからの眺めも最高だ。

ようやく山道に入り、縮遠居(しゅくえんきょ)と名付けられたあずま屋から海を見る。
新日本海フェリーの船がゆっくりと西へ向かっていた。
え?「新日本海フェリー」が瀬戸内海に? と思ったが、調べたら点検のため因島あたりに
移送中のようだ。
沖には家島諸島、さらに向こうは四国が見える。

茶臼山への登り。道は歩きやすい。

宝珠山までは、妙見寺による八十八箇所石仏が数メートルおきに安置されている。

標高115mあたりで、千種川と、坂越駅周辺の集落が見下ろせた。奥は赤穂だ。

茶臼山の山頂に到着。
展望台からは播磨灘の絶景が広がり、城跡の説明板が立っていた。
室町時代、播磨から中国地方にかけての守護大名だった赤松満祐が、将軍・足利義教
暗殺した「嘉吉の乱」のあと、山名氏が赤松氏を討って新たな播磨守護職に就いたが、
赤松氏の残党の襲来に備えて築いた砦であったという。

少し下ったところにあるのは、和田肥後守範長の一族の墓。
建武の中興の際、足利尊氏の誘いに乗らず、後醍醐天皇側に仕え、赤松円心に討たれた。
平成7年に、五輪塔が新たに奉納された。

宝珠山の山頂に到着。
分岐があり、尾根を外れていく道があったが、IHIの社有地で立入禁止。

地味な山頂で、南にわずかに坂越湾が見えるのみ。
坂越湾は、北前船が赤穂塩を積み出した良港だ。

宝珠山から少しばかり下りたところにあずま屋があり、ここでランチタイムとした。

この山域は、過去に山火事もあったらしく、尾根道は防火帯を兼ねているのか、
かなり道幅が広い。サザンカ並木のなかを歩く。

本日の最高点、坪江山(大谷山)。しかし、ここは展望がない。

釜崎を見ながら、尾根を東へとたどる。
足元は岩盤で、土がやせており大木が育たず、ウバメガシや若いアカマツが多い。

やがて登山道の左側はフェンスが出てきて、今度は関西電力の土地だという。
P208の送電線鉄塔をみて、次の小ピークを下ったコルで尾根から離れ、
海側に下り始める。

ほどなく、みかんのへた山に着く。
山頂は5世紀初頭~前半頃の古墳とのことで、「直径30m、高さ4mの円丘の北東部に、
長さ約4mの造出が取りつく、全長34mの造出付円墳」という。

ユニークな山名は、麓からは見ると、こんもりとした円形の古墳が「みかんのへた」の
ようにみえることに由来する。

あとは、わずかな下りで、海辺の小島集落に出てくる。
浜風が冷たい。

駐車地に戻る道すがら、「海の駅 しおさい市場」に立ち寄る。

蒸し牡蠣と、たこ焼きのたこの代わりに牡蠣を入れた「かき焼き丸」。
美味いのなんの。

最後に、昔の風情を残す「坂越の町並み」を観光。
奥藤酒造のあたり、雰囲気は最高だ。

2026年1月18日(日) [台高]明神平、霧氷はなかったが、人馴れしたキツネに遭遇!!

■メイン写真
雪が少ない明神平。ちょこんと座っているキツネ、分かる?

■今回のコース
大又林道駐車地→旧あしび山荘跡地→旧みなかみ山荘跡地(キワダサコ)→明神滝展望休憩地→
明神平→明神岳→(往路を戻る)→大又林道駐車地


かつてのスキー場跡で開けた、広々とした地形と、それを囲む落葉広葉樹林にできる
霧氷が冬の魅力となる明神平。何度も訪れたくなる楽園である。

前日に高見山に登っているので、雪は非常に少なく、霧氷もあまり期待できないと
予想しおり、この予想は外れてほしいと思っていたが、それは当たってしまった。
しかし、明神平のあしび山荘横で、かわいらしいキツネに近距離で遭遇できるという
サプライズがあり、すっかり楽しい気持ちになった。

大又林道の駐車場は、あと2台で満車というタイミングだった。
霧氷が出そうになくても、やっぱり人気のコースなのである。

車止めゲートを過ぎても、しばらく林道は続く。

林道は、氷結したところを避けながら。

倒木で通りにくくなっているところもある。

林道脇の二階滝を見下ろす。

林道終点に近づくにつれ、道は荒れ放題となる。もう修繕されないのだろうな。

林道終点の橋を渡るところで、いよいよ路面の凍結から逃げられくなったので、
アイゼンを装着。右岸に移ってしばらく沢沿いの道を行く。

最初の徒渉箇所。アイゼンを装着した状態なので、刃を斜めに岩に当てないよう
一歩一歩、注意深く渡る。この日は水量がかなり少なく、渡りやすい。

2か所目の徒渉箇所。ハシゴを上がれば、旧あしび山荘跡の石垣がある。

ここにあしび山荘があったのか~。
天王寺高校の林間学校の援助をお願いされたときは、生徒たちにかつての姿と
全壊に至るエピソードを教えてあげたなあ。

キワダサコ。
ここにも石垣が残るが、奈良山岳会所有の、みなかみ山荘があった場所だ。
その先で3度目の徒渉。

左半分が凍りついた明神滝。もしかしたら全く凍っていないかもと心配していたが、
氷瀑の迫力を楽しめた。

滝を観ながらジグザグに急坂を行くと、かつての登山道の木橋が壊れており、
すぐ上に仮の道ができていた。トラロープがきっちり張られていて、迷うことも
さしたる危険も感じない、よくできた巻き道だった。

沢筋から離れ、左岸を高く巻く。木製の桟橋が老朽化しており、慎重に渡る。

ヒメシャラ、カエデ、ブナなど広葉樹の美しい斜面を、大きくジグザグを描いて
標高を稼いでいく。

日が当たりにくいところは、積雪が観られるようになってきた。

水場を通過。水は凍っておらず、美味かった。

明神平の直下で、竜門山塊と、奥にかすかに金剛山大和葛城山

明神平に到着!!

雪はかなり少なめの様子だ。

あしび山荘の壁で風をよけながらランチ。
といっても、この日は風は弱く、立ち止まっていても比較的暖かく過ごせた。

多くのハイカーが、めいめいに昼食を摂っている中、一匹のキツネが姿を表した。
明らかにハイカーの弁当に関心があるようで、ハイカーが座ると、数メートルの
至近距離まで寄って、じっとまなざしを送る。
我々のパーティにも、3~4mのところまで近寄ってきた。
可愛いのだが、野生動物への餌付はよくない。写真はいっぱい撮ったが、
食べ物は与えずにしいたら、そのうち諦めてくれた。
ネットで検索したら、2024年の中盤あたりから出没しているようだ。

食後、南側の三ツ塚を目指し、雪面を登る。北側斜面なので雪が残っており、
だいたい20cm程度の積雪。

尾根に出ると、大峰山系のワイドな眺めを楽しめた。

ブナ林が美しい明神岳の山頂。この日のゴールだ。

登山道を少し離れ、足跡のない雪原をみんなで歩いてみた。
積雪は深いところで30cmくらい。ふかふかの雪を踏みしめる感触、やっぱりいい。

もとの道を下山。
帰りに「やはた温泉」に寄って、じんわり身体を温めた。

今回、お客様のアイゼンの留め具(樹脂製)が切れてしまうハプニング。
登山靴の靴底が剥がれた場合に備えていつも持っている、園芸用の結束バンドを
活用して急場をしのいだ。1本だと1時間強で切れてしまったが、2本にすると
強度を保てる模様。結束バンドは100均で買ったもの。コスパ抜群のギアだ。