
■メイン写真
錐山手前から、野登山、新名神高速道路、伊勢湾を望む
■今回のコース
安楽越→相場振山→錐山→霧ヶ岳→四方草山→三子山→鈴鹿峠→万人講灯籠駐車場
鈴鹿山系の南部の「赤線つなぎ」で、安楽越から鈴鹿峠までを歩いてきました。
ツウ好みの、ヤセ尾根とザレザレの急坂が断続的に出てきて、一気にピーク数を稼げる
区間である。
ともちゃんにクルマの回送をお願いして実現できた。

安楽越へは、道は狭いがクルマが入れる。
安楽越は、その昔、土山の田村神社への参拝客が越えた峠といわれる。

いきなりの急登をこなし、10分ほどで最初のピーク、相場振山に到着。
樹木が茂り展望はないが、その名から、かつては米相場を旗振りで伝達する場所
だったと考えられる。

P451へあと少しというところからの展望。

ヤセ尾根を越えていく。

P451を過ぎたところで、ふたたび展望が得られる。ミツバツツジが綺麗。

風化花崗岩のヤセ尾根に、頼りないトラロープがかかっている。
ロープはあくまで補助。体重をあずけられるシロモノではない。
岩と根を持って、三点確保を心がける。

ひとつ越えたら、また次の固定ロープ。序盤のクライマックスである。

錐山は、小さなプレートがかかるだけのピークだ。

比叡山、比良山系、琵琶湖などが見える。

次のピーク、霧ヶ岳は、縦走路からわずかに東に入る。展望はない。

四方草山(北峰)に到着。三角点がある。
この日の行程てしては、まだ半分も来ていないが、4つ目のピークとなる。
甲賀山岳会による「ふるさと30山」の陶器製のプレートが設置されている。

展望に優れているのは四方草山(南峰)のほうだ。
この日は強い北風が当たる箇所では肌寒く、うまく風を避けられる箇所では
ポカポカ陽気という、両極端な印象だったが、まさにこの山頂では、
滋賀県側を眺めると寒く、三重県側を眺めると汗ばむといった不思議な
状態だった。

亀山市の明星ヶ岳のほうは、山腹にヤマザクラが多いようだ。

いよいよ後半戦の難所が始まる。
右前方に尖峰が見えたら、左下から巻き、裏から尖峰上に出る。

次に出てくるこのヤセ尾根は、気をつけておれば、たいした危険はないが、
最も幅が狭いところは50cmほどしかない。

これも頼りない寺ロープが垂れ下がるだけの、風化花崗岩の急坂。
足場がズルズル滑るので厄介だ。
これで、一連の難所は突破できた。

三子山は、3つのピークの総称。いずれも短い急坂が待ち受ける。
まずは北峰(1峰)。あまり山頂っぽくない感じではある。

中峰(2峰)へ。手作りの小さなプレートしかない。

南峰(3峰)は、先ほどの霧ヶ岳同様、縦走路を少し外れた奥にある。

東海自然歩道の三叉路。右へ行けば笹路川沿いに、山女原(あけびはら)に下れる。
ここは直進。

大きなカシの木。

ヤマザクラは、まだ花が残っていた。

最後は登山道も東海自然歩道となるので、欄干までつけられて整備されている。
これまでの難路が嘘のようだ。

鈴鹿峠に到着。
かつて、越えにくい難所として有名だった。
関所そのものは亀山市の関町、「関の山」の慣用句で知られる麓の宿場町にあった。
鈴鹿峠は盗賊のルツボだったと伝わる。

鈴鹿峠から、荒れた茶畑を観つつ、ともちゃんがクルマを回してくれている
滋賀県側の万人講灯籠駐車場へ。
万人講灯籠は、江戸時代に造られた常夜燈だ。四国金比羅神社の燈籠で、信者である、
往来する商人が灯をともした。燈籠の重さは38t、高さは5.5mという。

下山後、「道の駅 あいの土山」へ。建築家・隈研吾のデザインによる先鋭的な
建屋が、のんびりした農村風景にまったく浮いているが、こういうのが好きな人には
たまらない。