Mr.Dashのぶろぐ館(新館)

関西の山々や日本アルプスが大好き。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅡ)、山岳ライターでもあるMr.Dashのブログです。Gooブログのサービス停止(2025/11)により、引っ越してきました!

2026年6月18日(木) 和佐又山のオオヤマレンゲが見ごろ!!

■メイン写真
午後になって花びらがみごとに開いたオオヤマレンゲ

■今回のルート
WASAMATA HUTTE→和佐又のコル→和佐矢田山→和佐又のコル→WASAMATA HUTTE
⇒上北山温泉・薬師の湯

人生のベテランさん4人組からのプライベートガイドのご依頼で、和佐又の
オオヤマレンゲを訪ねてきた。ちょうど見ごろを迎えており、その優雅で
気品のある姿に時を忘れた。

おなじみ、WASAMATA HUTTE。今シーズン初めての訪問だ。

ベニサラサドウダンはもう終盤。この花しか残っていなかった。

和佐又キャンプ場にできた展望台。

展望台の巨大なイタヤカエデに、ツルアジサイが巻きついている。

ゲレンデ跡を上っていると、若いシカの姿があった。

キハダ。陀羅尼助の原料として知られる。

タンナサワフタギ。

さまざまなカエデ、ブナ、トチノキなどを見ながら、和佐又のコルへ。
涼しい風が吹き抜けている。このさわやかな場所で、早めの昼食タイム。

昨夜からの雨で落ちたのか、ホオノキの花と葉のワンセットがまるまる
落ちている。散ったばかりの分厚い花びらは、甘いもののすっきりした
芳香が心地よい。

和佐又山名物、山頂直下の巨大ヒメシャラ。幹回り約3m。

和佐又山の山頂に到着。大普賢岳は惜しくも雲で隠れていた。

コナスビの花。

WASAMATA HUTTE横の防鹿柵内に咲くオオヤマレンゲ。
朝はまだ花が開いていなかったが、下山したら綺麗に咲いていた。

WASAMATA HUTTEでカフェタイム。
「大蛇嵓カヌレ」のセットが、ヒュッテスタッフのイチオシ。

このあと、上北山温泉・薬師の湯へ。
ヌルヌルの「美人の湯」でを楽しんでいただいた。

この日のお客様のうち最高齢は、Mr.Dashの母親より年上だが、じつに達者。
いつまでも、無理のない程度に、山を楽しんで頂きたいなと思った。

 

2026年6月14日(日) 大岩ヶ岳の絶景と、丸山湿原のカキラン!!

■メイン写真
丸山湿原に咲き始めていたカキラン

■今回のルート
丸山湿原駐車場→尾根ルート分岐→東大岩ヶ岳→馬の背→東大岩ヶ岳→谷ルート分岐→
大岩ヶ岳→谷ルート分岐→丸山西分岐→丸山第3湿原→第1湿原→第4湿原→第1湿原南分岐
→第1湿原西分岐→第2湿原→第1湿原北分岐→丸山湿原駐車場


梅雨のシーズン。蒸し暑く、過ごしにくい気候になるだろうと予想して、あまり歩かずに、
この時期に咲く珍しい花を観ることをメインの目的として、今回の企画を立ててみた。
ところが行ってみたら、薄曇りで直射日光を浴びることがなく、谷筋をわたる風は
涼しく、じつに快適な山歩きができた。
そして、お目当ての花は、数は少なかったものの観ることができたので、結果的に
大満足の一日となった。

丸山湿原駐車場から、主要ルートではなく、やや踏み跡が薄い尾根ルートで東大岩ヶ岳
をめざす。

少し登った露岩地から、丸山のピークを眺める。

ナツハゼの実。完熟には、まだしばらくかかる。

東大岩ヶ岳に到着。山頂は岩がごつごつしている。

山頂から、千苅ダム湖を見下ろす。最近、その「ハート形」が"映え"るとの
評判だが、Mr.Dashにはカモメが翼を広げているような形に見えた。

せっかくなので、岩稜をたどり、馬の背まで行ってみた。

露岩が印象的な馬の背。

馬の背の向こうの小ピークまで行って、また戻ってくる。

岩上にみつけた多肉植物。ツメレンゲではないか。

大岩ヶ岳の山頂に到着。新しい標識ができていた。

山頂からは、相変わらずの絶景。

谷道ルートを下り、丸山湿原へ向かう。
前回訪れた時にはなかった丸木橋がかかる。
じつは、この橋をかけたおっちゃんと、先の山頂で出会っており、さまざまな
経緯をお伺いできた。

丸山湿原に着く前に見つけた、ツチアケビの群落。

丸山湿原の木道を行く。

モウセンゴケの花。

モウセンゴケ。

トキソウは、木道の近くには見当たらず、足を踏み入れることができない
遠くのほうに群生していた。カメラのズームを最大にしても、ちょいと足りない。

お待ちかね、カキラン。気品を感じるなあ。

2026年6月13日(土) M社の登山ツアーで[大峰]行者還岳のクサタチバナを楽しむ!!

 


■メイン写真
ちょうど、いい感じに咲いていたクサタチバナ

■今回のルート
90番ポスト登山口→大ヒノキ→タイタン広場→奥駈道出合→天川辻→行者還小屋→
第五十八靡「行者還」→行者還岳→(往路を戻る)→90番ポスト登山口


M社の登山ツアーで、行者還岳を案内してきた。
昨年も企画していたのだが、残念ながら雨で中止したため、当ツアーとしては
今回が初めてとなる。
行者還岳へ向かう稜線上には、知る限り、関西で最も大きいクサタチバナ群落があり、
ちょうどこの時期に開花する。

国道(酷道?)309号線の90番ポストの鉄階段が登山口だ。

気持ちのいい稜線。
右側は植林になっているが、稜線は自然林がしっかり残されている。

ユニークなカタチの樹。おそらく、切り株更新でリョウブが生えてきたあと、
切り株が完全に朽ちてしまったのだろう。
これを個人的に「株の値上がり」と呼んでいるが、きっと証券会社の人が喜んで
くれることだろう(笑)。

双子ヒノキの巨樹。存在感がすごい。

清明ノ尾に合すると、まず大普賢岳の威容が目に飛び込んでくる。

すぐ上に、通称「タイタン広場」がある。何十年も前のマツダの廃トラックが
放置されている。
このトラック、実はマツダ・タイタンではなく、正確にはその前衛機種E2500である。

しばらくは、シロヤシオの樹が多いかつての林業用の作業道を行き、最後に背の低い
ササが茂る急坂を詰め上がる。
と、あともうわずかで大峰奥駈道に合流しようというころ、真新しいクマの樹皮剥ぎを
発見。3本ほどに傷がつけられていたが、獣臭もなく、我々よりも先にクルマ6台分の
ハイカーが先行しているようだったので、まずは安全だろうと考え、それでも十分に
警戒しながら進んだ。

大峰奥駈道に合流すると、弥山、八経ヶ岳方面が姿を現す。

奥駈道を北上する。めざす行者還岳が見えてきた。

石灰岩が露出しているあたりはトラバース道となり、奥駈道の道標が立つ。

ヒメレンゲが咲いている

ふたたび尾根上に躍り出ると、いよいよ本日のメイン、クサタチバナ群落が出現する。
昔に比べ小さくなってきたとはいえ、まだまだ大群落だ。
お客様もスマホのカメラを向けながら、大いにご満足いただいている様子だ。

しだいに勢力を広げてきているのが、バイケイソウとカワチブシ(トリカブト)。
がんばれ、クサタチバナ、である。かつてはかなりの茂りようで、両手で分けながら
進んだものだ。

天川辻のお地蔵さん。
大峯奥駈道が世界遺産に認定される前は、このあたりを送電線が越えていた。
その送電線鉄塔を建設する際の安全を祈願して設置された地蔵で、寄贈した地元の
名士たちの名が台座に刻まれている。

行者還避難小屋に到着。
小屋の窓の隙間から大きなスズメバチが出入りしていた。巣でも作ろうと
しているのか。小屋内部をチェックしたが、中は問題ない。
とにかく刺激しなうように、小屋から離れぎみにランチタイムとした。

第五十八靡「行者還」を通過。

最近、新しく付け替えられた急な木段を上る。
段差がやや大きく、途中で段のピッチが変わる箇所があり、油断ならない。
この日は木段が完全に乾いていたからまだよかったが、この階段、いずれ
必ず事故が起きると直感した。これから行く人は、十分に気をつけよう。

ギンリョウソウ。

北側から回り込むようにして、行者還岳の山頂に到着する。
山頂部だけ、いきなり植生が変わってシャクナゲの純林となっている。
花期は終了していたが、それは仕方ない。

山頂部の端っこ、断崖絶壁の真上から、ここまで歩いてきた尾根筋と
行者還避難小屋の屋根が真下に見える。こちらが真横でサポートしながら、
一人ずつ、乗り出すように下を覗いていただくが、スリル満点だ。

崖に咲いていたサラサドウダン。

帰路は、来た道を忠実に戻るが、展望を楽しみ、雑談を楽しみ、
和気あいあいの下山となった。皆さん、おつかれさまでした。

 

2026年6月10日(水) 竹内街道から二上山、ササユリが満開!!

■メイン写真
清楚なササユリに、しばし時を忘れた

■今回のルート
太子町役場前バス停→(竹内街道)→南河内グリーンロード出合→(ろくわたりの道)→
ダイトレ出合→円形展望台→二上山雌岳→馬の背→雄岳→がんばり坂→ながめ坂→
道の駅ふたかみパーク當麻→二上神社口駅

久しぶりに、大阪側から二上山にアプローチしてみた。
近鉄上ノ大師駅から、太子町のコミュニティバス「たいしのってこバス」で、
終点の太子町役場前へ。
以前は金剛バスで、役場のすぐ手前の六枚橋東で下車したものだ。

竹内街道は、わが国最古の官道とも言われており、明日香と難波(なにわ)を結ぶ
主要な大通りだった。部分的には幅30mもあったというから驚きだ。隋からの使者に
「ええかっこ」をしたかったためとの説もある。

竹内街道に入ると、飛鳥時代の趣はさすがにないものの、古いたたずまいが続く。

旧山本家住宅。大和棟の形態をよく残す、切妻造茅葺の家屋。国の重要文化財。

竹内街道歴史資料館の前を通る。

竹内街道に別れを告げて100mほど先の分岐で左の細道に入る。トクサの群落があった。

南河内グリーンロードに出て、車道を渡る。また100mほどで右の薄暗い細道に入る。
これが、ろくわたりの道だ。

「ろくわたりの道」の由来については、スポーツ公園下の案内図に説明がある。
それによると、二上山の山麓には、鹿谷寺、鹿向谷など「鹿」のつく地名があり、
地元では昔から、鹿のことをを「ろく」と呼んでいたそうで、そうした由来をふまえ、
太子町が命名したもので、ずっと昔からの歴史的な呼称ではない。

あぜ道のようなところに入る。このあとは用水路沿いの道を行く。

南阪奈道路のガードをくぐる。

そして、急登がスタート。

坂を登りきると、大阪市内の眺めが大きく開ける。
大阪湾の向こうには淡路島、明石海峡大橋、六甲山系も見える。

ちっょとした岩尾根や固定ロープの急坂をこなせば、屯鶴峯から続いている
ダイヤモンドトレールに合流する。

円形展望台の周辺はササユリの群生地だ。幸運にも、ちょうど花期を迎えていた!!

最近、花の数が少しずつ増えているような気がする。

多くの花をつけている株も、ちらほら見かけた。

円形展望台から絶景を楽しむ。
日陰がない場所だが、風が通り抜けていて、それほど暑く感じなかった。

シライトソウ。

雌岳の山頂に到着。日時計が指す目盛りと、実際の時間がほぼ一致しているので、
当たり前のことではあるが、「おー、すごい」と思ってしまう。

木陰が心地いい雄岳の山頂広場でランチタイム。葛木二上神社に手を合わす。

隣にあるのは、悲劇のプリンス・大津皇子の墓所。

下山は、通常ルートではなく、二上山に発達してしまった「勝手道」の中でも
踏み跡がしっかりしたルートを選択。
通称「がんばり坂」と「ひといき坂」を慎重に下る。

「勝手道」とは、昔からあった登山道ではなく、行政や地権者の許可を得ずに、
山好きのおっちゃん達が勝手に開拓した道のことで、まあまあ強引なルートに
なっていたりするほか、あちこちに丸木ベンチなどが作られていたりする。
二上山雄岳は、神社が通行料をとっていた頃もあり、通行料を支払わずに
馬の背方面に抜けられるようにした勝手道が錯綜している。
こうした大人の事情から、市販の登山地図やガイドブックなどには登場しない
ルートが多く存在し、逆に現地での道迷いを誘発する一因にもなっている。

ぐんぐん下って、ながめ坂展望ベンチから、奈良盆地を鳥瞰する。
大和三山、音羽山系、三輪山、龍王山、若草山などが見渡せる。

4等三角点を通過。

下山中に見つけた、色が濃いツツジ。
特徴を調べると、どうもミヤコツツジのようだ。
ミヤコツツジは、モチツツジとヤマツツジの自然交配種である。

最後は二上山ふるさと公園の長い階段を下る。両側に植えられている
アジサイがぼちぼち花をつけ始めている。

道の駅ふたかみパーク當麻に到着。
冷たいコーヒーフロートが美味いのなんの。
下山したら美味しい餅を買うぞという「もちベーション」もあって、
皆さん、お土産に奈良名産の小麦餅を購入。

道の駅の軒下には、巣立ち間近のツバメの子たち。

2026年6月6日(土) [湖北]賤ヶ岳へ、羽柴秀吉VS柴田勝家の古戦場をたずねる!!

■メイン写真
賤ヶ岳の山頂直下から見た琵琶湖の絶景

■今回のルート
賤ヶ岳登山口(リフト乗り場横)→賤ヶ岳→猿ヶ馬場→首洗いの池→大岩山→岩崎山→
余呉湖観光館→余呉駅

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」で、兄弟の立身出世を描くには、一連の滋賀県北部での
諸合戦は欠かせない出来事になるだろう。
賤ヶ岳は、織田信長亡きあと、この後の主導権を握るべく、羽柴秀吉と柴田勝家が
戦った、その名もそのまま「賤ヶ岳の戦い」の舞台である。

最近、山頂部に「映えスポット」ができて、木ノ本駅からリフト乗り場を結ぶ
無料シャトルバスの運行など、親しみとお手軽度をアピールして、さらなる誘客に
トライしている様子だ。

リフト乗り場の右手から、登山道に入る。

林床はオニヒカゲワラビでびっしり。
途中2回、リフトの軌道を横切りながら、標高を稼ぐ。

山頂近くに、この4月に新設された「絶景ブランコ」がある。
乗ってみると、まるで琵琶湖へ投げ出されるような錯覚をおぼえるほど。

山頂の展望台には、SHIZUGATAKEの文字のモニュメントができた。

山頂から余呉湖を眺める。
天気予報では曇りとのことだったが、青空が広がってくれた。

山頂にある武将像。疲れ果てている姿という、珍しいものだ。

秀吉が陣を敷いた広い山頂には、3等三角点がある。

尾根道を東へ進む。はじめはブナの群生が見られる。
標高300m台で見られるとは、さすが雪国である。

コアジサイは、まだ咲き始め。他にツルアリドオシやオカタツナミソウなどが
咲いていた。

イワガラミ。

巨大なケヤキ。
木立があるところは、涼しく歩けた。

ササユリ。

秀吉軍が佐久間軍を追撃した「猿ヶ馬場」。
確かにここの尾根筋は、しばらく馬が走れるような直線、平坦になっている。

「首洗いの池」。
この戦いの序盤で戦死した、秀吉方武将・中川清秀の首が、地元住民たちより
洗われた小さな池。この日は乾いていた。

大岩山の山頂には、中川清秀(茨木城主)の墓がある。

岩崎山には、高山右近(高槻城主)が砦を築いたが、中川が討たれたことで
逃げ出したという。
中川清秀と高山右近はいとこ同士の間柄だ。

余呉駅側の登山口(江土登山口)に下りてきた。

余呉駅からの帰りの電車は1時間に1本。
電車の時間に合わせるため、余呉湖畔の余呉湖観光館でしばらく休憩する。
ちょっとした土産物も置いてあり、広い駐車場はハイカーにも利用されている。

余呉湖観光館のテラスから見た賤ヶ岳の山頂。
そんなに距離はないのだが、間に湖があると、おー、あそこから歩いてきたのかと
いう感慨に浸れる。

余呉駅から北側に広がる田んぼに、数羽のコウノトリの姿があった。
余呉にもいるんだなあ。

2026年6月4日(木) [京田辺]一休寺から甘南備山、虚空蔵ノ滝へ、変化に富むプチ山行!!

■メイン写真
甘南備山の三角点峰に新設された、隈研吾氏の設計による「らせんのビューテラス」

■今回のルート
京田辺駅⇒一休寺道バス停→一休寺→薪神社→甘南備山駐車場→神南備神社→甘南備山→
「らせんのビューテラス」→ヒノキの小径分岐→ウッドデザインパーク京都-彩-→
雑創の森分岐→虚空蔵堂→虚空蔵ノ滝→花住坂バス停⇒松井山手駅


京田辺市の北西部、大阪府枚方市に接するあたりに、標高221mの低山・甘南備山がある。
その昔、平安京を造営するにあたり、この山と京都の船岡山を結ぶ南北線上に、朱雀大路を
建設したというエピソードがある。
麓には、一休禅師が晩年を過ごした酬恩庵一休寺や、薪能発祥の地の薪神社があり、
下山口のほうにはかつて滝行が行われた虚空蔵ノ滝があるなど、見どころが豊富だ。

京田辺駅から歩いてもいい距離だが、京阪バスに乗ること3分、一休寺道バス停から
歩行スタート。

500mで一休寺に着く。総門をくぐると、青もみじと苔が美しい石畳の道が延びている。

参拝料を支払って、住職の接客や仏事を行う「方丈」を見学した。
方丈の建屋は、慶安3年(1650年)、加賀三代目藩主の前田利常公が寄進したもの。
室内には、一休禅師が晩年、大徳寺の住持を務めた際に移動に用いた輿や、
自身の頭髪と髭を植えさせたという一休禅師の木像が安置されている。
また、狩野探幽が描いた襖絵(レプリカ)もある。この本物は宝物庫に保管されている。

すぐに薪神社に着く。能楽発祥の地であり、ちょうどいらっしゃった
宮司さんに、神南備神社を含めたいろいろな話をお聞きすることができた。

公園を抜けて、手原川沿いの道に出ると、京奈和道のガードをくぐる。
狭い農道を進むと、左手に甘南備山駐車場がある。
平日なのに、意外にもほぼ満車状態。
駐車場に入って、いちばん奥から山道に入る。

すぐ林道に出て、公衆トイレを経てしばらく進む。次の分岐で、左の未舗装林道に
入る。

にしきぎの小径に入ると、野鳥のにぎやかなさえずり。
特定外来種のソウシチョウがいっぱいいた。

展望デッキに到着。

展望デッキからは、愛宕山、京都市街、比叡山を、真南から見ている。
目を凝らすと、京都タワーも見える。

たいした坂もなく数分で、神南備神社横の展望台に着く。

ここからは東側が開け、鷲峰山が見える。

山頂直下にある神南備神社。「かんなび」とは、神の御座所を指す。
延喜式では小社に列せられている。

社殿の真裏の高台が、甘南備山の山頂だ。残念ながら、ちょっとのことで、ここは
展望がない。

山頂の西側を巻き、ひとつ北の三角点峰をめざす。
ササユリが咲いていた。倒れないように、しっかり保護されていた。

大津越の分岐を過ぎると、すぐに三角点峰に着く。
ここに今年4月、建築家の隈研吾氏の設計による、新しい展望デッキができた。
その名も「らせんのビューテラス」。

先ほどよりもワイドな眺めが楽しめる。

ヒノキの小径の分岐を左へ。右へ行くと、登山口の駐車場に簡単に戻れる。

ここからしばらく、京都府・大阪府の境の尾根をたどるのだが、関電鉄塔の
巡視路やその他の小道の分岐が多く、標識もなくなるので、ちょっとしたルート
ファインディングが楽しめる。基本はとにかく稜線をたどることだ。

紅白鉄塔の分岐などを過ごし、空手教室の道場のところは建物の脇を
抜けて京都側から回り込む。

ゴルフ場との境を示す、有刺鉄線の柵にそった山道に入り、送電線鉄塔の下を
くぐる。左に枚方CC、右に田辺CCを垣間見ながら進み、尾根の分岐を
左にとる。またも送電線鉄塔をみると、登山道が突然終わる。

この5月にオープンしたばかりの「ウッドデザインパーク京都-彩-」の駐車場に出たのだ。
少し先に、-彩-の建屋があり、公衆トイレと飲み物の自販機が使える。
ここは、京田辺市野外活動センター「竜王こどもの王国」(昨年3月閉鎖)があった場所。
その跡地に、アウトドアのテーマパークとして生まれ変わった施設だ。

車道を北に少し下る。「雑創の森 そよかぜ幼稚園」の分岐を左に折れる。

苔むした、素朴な石仏のようなオブジェが幾つも並ぶ山道は、薄暗い谷間へと続く。

導かれたところには、垂直にそびえる巨岩の下に虚空蔵堂がひっそりと建っている。
承久3年(1221年)、大住の領主、大住家友が建立(「大住」は、古くは九州の大隅半島から
移ってきた人々が住みついた地とされる)。
かつては法輪山葛井寺といい、 足利義満の時代に兵火で寺は焼失。お堂だけが残った。

谷筋に下り、少し沢中を遡上すると、虚空蔵ノ滝がある。
一ノ滝は落差6mほどの直瀑で、見るからに滝行によさそう。

枝沢にある二ノ滝は落差3m弱。いずれも前日までの台風の雨で、水量が多かった。

溜池に沿った細道をたどり、川沿いに下草が濃い道を進むと、住宅街に出る。
花住坂バス停はわずかな距離だ。バスを待つ間に歩けば、松井山手駅もすぐ。
見どころが多い、楽しい山行だったが、気づけば蚊に4ヶ所も刺されていた。

 

2026年5月30日(土)~6月1日(月) 果無山脈を幕営縦走、ブナ、ヒメシャラの尾根を堪能!!

■メイン写真
安堵山と黒尾山の間、林道が接するところで幕営する

■今回のルート
5/30(土) 丹生ヤマセミの郷→果無山脈登山口→和田ノ森→安堵山→林道分岐[幕営]
5/31(日) 林道分岐→黒尾山→冷水山→カヤノダン(カヤの壇)→公門ノ崩→公門谷ノ頭→
     筑前タワ(越前タワ)→ミョウガタワ→ブナノ平→ブナの平峰→石地力山→
     果無山→果無峠→観音堂→山口茶屋跡→天水田→果無集落⇒十津川温泉・ホテル昴[泊]
6/1(月) ホテル昴


和歌山県田辺市龍神村と、奈良県十津川村桑畑を東西に結ぶ果無山脈の縦走路は、
そのロマンあふれる名前がハイカーの心を惹きつけてやまない。
おだやかな稜線はブナ、ヒメシャラ、カエデ等の美林に覆われ、たまに眺めが開けると
紀伊半島の重畳とした山並みが、それこそ果てしなく続くさまが見てとれる。

果無山脈を縦走するには、特に龍神村側の交通の便が悪く、通常は2台のクルマを
回送しておく必要がある。
さらに、よほどの健脚でない限り、途中で1泊、幕営の必要がある。

今回は、ともちゃんとのダブルガイド体制をフル活用。
まずはともちゃんがお客様を引率。Mr.Dashはクルマに幕営装備を載せたまま、
林道と登山道が接する場所まで回送。そこで幕営し、翌朝はMr.Dashがガイドを
担当し、ともちゃんがクルマを果無集落に回すことで、幕営装備を持たずに
縦走できるようにした。

丹生ヤマセミの郷を出発。20分ほど、村落の舗装道を登る。

カキノハグサが咲いていた。

果無越の登山口。

和田ノ森へ向けては、最初の991mピークまでは、ひたすら、きつい登りが続く。

ギンリョウソウ。

自然林をバックに、静かに和田ノ森のピークに到着。
スタート地点から標高差で約600m、登ってきたことになる。

アセビが茂る尾根道などを40分ほど歩くと、北側がしだいに開けてくる。
やがて、伐採地の向こうに牛廻山のある東西の尾根と、その奥に大峰山脈が姿を現す。

小ピークを幾つか越えながら、安堵山に到着。
和田ノ森から約2.5kmだが、お客様は、ひたすら長く感じたとおっしゃる。
安堵山は、南北朝時代、後醍醐天皇の皇子・護良親王が幕府に追われた際、ここまで
来れば敵は来ないだろう安堵したと伝わる山だ。

15:20頃に、幕営地に到着。
先回りしておいたクルマから装備を出して、準備を始める。
テント泊は初めてという方もおられ、設営方法が異なる新旧のテントを、レクチャー
しながら張っていく。

夕食を済ませ、夕焼けの空を眺め、19:30過ぎにはテントに入った。
深夜にシカの叫び声で起こされたが、おおむね、快適な夜だった。

翌朝、4:00起床。テントには朝露はまったく着いておらず、撤収は楽だった。
道具類はクルマに積み込み、機動的な日帰り装備だけで、5:30に出発する。

尾根道を歩き始めると、枝ぶりのよいブナが目につく。

1時間ほどで、黒尾山に到着。展望はない。

北側斜面は伐採の痕跡がある。その後、植林されておらず、若い落葉広葉樹が育ち
始めているが、錆びたワイヤーや機械類が転がっている。

冷水山に到着。北側は絶景。南側は、アセビが育ってきて、以前よりは眺めが悪く
なっていた。

心あたたまる標識。

冷水山を出てしばらくして、雲が厚くなってきたと言ってたら、ともちゃんから
ショートメッセージが入った。
天気予報には出ていなかった、小さな降水帯が迫っているという。
引き返すことを想定し、クルマはまだ幕営地で待機してくれているという。ありがたい。
こちらでも急ぎ、雨雲レーダーを確認すると、小さいが、赤色表示の雲が迫っている。
戻っても、予定通り進んでも、30分ほどは豪雨に遭いそうだ。しかし、そのあとは
雨はやみそう。ということで、レインウェアを着こんで、予定通り先に進むことにした。

1時間弱で、カヤノダン(カヤの壇)の広いピークに到着。
雨雲はエネルギーを使ってしまったのか、レーダーには黄色い表示に変わり、小さく
なっている。よし、いい傾向だ。

公門ノ崩(くもんのつえ)は、南側が大きく崩れている場所。
雨雲はさらに弱まり、しか、若干南に逸れてくれたので、雨に遭わずに済んだ。

北東へ30分ほど登ったピークが、公門谷ノ頭である。
標識は「公門崩」ノ頭となっているが、昔からの呼称のあおり、地形的にみても
公門崩を詰めたところではなく、公門谷を詰めたピークなのである。
実際、昭文社の古い地図には「公門谷ノ頭」となっている。

標識はないが、カシ尾谷ノ崩。こちらは崖ではなく、風化による崩壊が進む。

ここからしばらく、ブナの巨樹が続けてみられる。


「筑前タワ」は、以前は「越前タワ」とも書かれていたが、真偽のほどは?

ミョウガタワ。ここも気持ちのいいところ。
10:20、昼食タイムとした。朝食が4:40くらいだったから、ちょうどいいくらいだ。

登山道に、鳥の巣が落ちていた。

縦走を通じ、何度かヤマツツジを見かけた。これがいちばん、花がよくついていた。
アケボノツツジやシロヤシオは完全に終わっていた。

かつてブナの平と呼ばれていた、ブナ樹林の平坦地を左に見送ると、約100m先の
小ピークに出る。茶色の標識に「ブナの平」と書かれているが、大きなブナはなく、
南側は切れ落ちていて、とても「平」と名付けられるような地形ではない。
隣に私製の山名板がかかり、こちらは「ブナの平峰」とあり、こちらのほうが
信憑性が高いと考える。

ブナの平峰のすぐそばから、熊野川の大きな蛇行が見下ろせた。

この長大な縦走路中、岩場はほとんどなく、固定ロープの難所も皆無なのだが、
少しだけ岩場っぽい場所がある。

石地力山ピークの直下から、これまで歩いてきた尾根が見える。
ここまで、よく歩いてきたものだと、自分を褒めたくなる一瞬。

石地力山。ここで正午のサイレンが鳴り響くのを聞いた。
昼食をとっくに済ませたので、「え?まだ正午なの?」といった感じ。

1072mピークを経て、果無山に到着。ここで少し長めの休憩をとった。

ほんの少しで、果無峠に到着した。崩れた宝篋印塔が印象的だ。
ここで熊野古道小辺路に合流だ。

反対側には、新旧の標識が乱立する。
ここからも、地形的には果無山脈の尾根は東へ続き、871m三角点を経て二津野ダムに
収斂していくが、登山道はない。

小辺路を下っていくと、蕨尾の橋など十津川温泉周辺が垣間見えた。

観音堂に到着。簡易トイレブースが3つあり、冷たい水も引かれている。

山口茶屋跡。石垣が残り、その上段、下段が平坦地となっている。
幹の形がぐねっとした杉の巨木が数本あるのは、防風林だったそうだ。

天水田。
山口茶屋の人たちが、この場所で天水だけを頼りに米づくりをしていたという。
十津川村では、そもそも米を作れる平坦地は極端に少ない。

歩きにくい石畳の道。草鞋の時代は、このほうが歩きやすかったのだろう。

舗装道に下りてきた。
ここは十津川村営バス「小辺路登山口上」バス停があるが、毎週月曜に2便しか運行
されていない。

モンキアゲハ。

果無集落。ポスターになったりして、有名になった場所。

2日間で約25kmの長丁場を無事踏破し、ホテル昴に到着。
とっておきの温泉に入り、うれしい「後泊」をお楽しみいただいた。

2026年5月24日(日) [生駒]くさかハイキングコース、神津嶽ハイキングコースを歩く!!

■メイン写真
神津嶽ふれあい広場付近から、大阪湾、淡路島、明石海峡大橋、須磨を展望する

■今回のルート
石切駅→旧孔舎衛坂駅跡→白龍神社→くさかハイキングコース入口→河内七面山→
石切場跡→イノラムキ古墳→こぶしの谷→生駒山→髪切峠→暗峠→なるかわ園地
管理事務所→(神津嶽ハイキングコース)→神津嶽ふれあい広場→神津嶽→
枚岡山展望台→枚岡神社→枚岡駅

定期的に歩いている、生駒山のさかハイキングコースと神津嶽ハイキングコースを
歩いてきた。都会に近い山では、人の手が入りやすく、短期間で細部が変化するので、
常に最近の写真をアップデートする必要があるのだ。

石切駅を出て、大阪平野を眺める。市内のビル街の向こうに六甲山系が横たわる。

旧孔舎衛坂駅跡。近鉄の旧生駒トンネルが使われていたころのホーム跡。
普段は柵が施錠されていて立ち入れないが、奥にある白龍神社を清掃されていたようで、
特別に入っていいとおっしゃる。
貴重な機会なので、白龍神社を参拝させていただいた。何度も来ているが初めてのこと。

旧生駒トンネルの建設時に亡くなった作業者の方々を慰霊するお地蔵さんが並ぶ。
そっと合掌する。

お地蔵さんの横には、不動明王がおられた。

白龍神社への石段は、中央部がセメントで修繕されていたが、まさにちょうど
白龍が天に昇る感じになっていてベストマッチ。

白龍神社の拝殿。地元の方々が大切にされていることがよく分かる。

くさかハイキングコースの入口。

歩きやすい、整備された道は、子ども連れのハイキングにも最適だ。

かつての展望所も、今は樹木が育ち、眺めはゼロ。
それでも、この日のように暑いときは却って木陰がうれしい。

途中でハイキングコースを外れ、河内七面山に寄り道する。
岩屋教会の跡とされるが、詳細がよく分からない。

南無妙法蓮華経の文字が刻まれた石碑などが並ぶ。
中には昭和20年代の刻印があるものもあり、戦後しばらくは新たに寄進する人が
いるような現役の行場だったことが分かる。

この河内七面山には、洞窟の行場がある。入口を覗く。
ヘッ電をつけて、這って進む必要がある洞内には、石仏が並ぶが、この日は
洞内には入らず。

鉄製のハシゴが架けられた洞窟の出口には、地上から回ってみた。
探検してみるのもよいが、もともと神聖な行場であることを認識しておきたい。

ハイキングコースに戻り、草深くなった石切場跡を過ぎ、次の分岐でまたまた寄り道。
ひとつ北の尾根道へ回り込む。

少し下ったところにあるのが、イノラムキ古墳だ。生駒山系に数ある古墳の中でも
最も高所にあるらしい。

横穴式の石室は、入口が崩れているが、中には入れる。

ハイキングコースに戻り、山頂を目指す。
クサイチゴの実を食べながら、ナルコユリなど初夏の花を楽しむ。

「こぶしの谷」のあずま屋。
ここからサクラやナラガシワが植えられた園地内を上っていく。

「らくらく登山道」に出ると、トレランの人たちが暑い中を駆け抜けていく。
眺めが開けると、大阪市街のビル街が眼下に望める。

ヤマボウシも満開を迎えていた。

辻子谷ハイキングコースから続く石段道を登る。

生駒山上遊園に着くと、新しい展望デッキができていた。
和泉山脈、大阪湾、淡路島、六甲山系、中山連山、五月山から箕面、茨木、ポンポン山
に続く北摂の峰々、男山、愛宕山など、じつにワイドな眺めが楽しめた。

我が国遊園地で最古の飛行塔は、今日も健在。

生駒山の山頂に到着。
遊園地の中にある山頂三角点は、現在、日本でここだけだ。
三角点の周りを、汽車ポッポが走る。

無数のテレビ塔が立つ中、縦走路を南下する。
鬼取山のP631は厳密には踏めないが、路肩に手製の山名表示が付けられている。

信貴生駒スカイラインを横断すると、展望台に着く。
ここのあずま屋で昼食タイム。涼しい風が吹いていて心地よかった。

髪切峠を過ぎて、暗峠が近づくころ、登山道の右手、少し奥に古い石碑をみる。
3段になった石垣と平地、小祠でもあったかのような石積みなどが残るが、
かつての姿を知りたい。

暗峠に出た。国道308号線ではあるが、この区間でけ石畳が残る。
道幅も著しく細く、傾斜も急なたけ、クルマで来るには大変な場所だ。
それでも大阪側から4WDがそろそろと上がってきた。

車止めゲートを抜け、そのまま舗装道を進み、なるかわ園地管理事務所に到着。
この日はちょうど、第50回東大阪市民チャレンジ登山大会が行われていて、
そのゴールが枚岡神社ということで、このあたりからハイカー人波の中を
下山することになった。

神津嶽のピークに立ち寄る。チャレンジ登山のルートは下を巻いているので、
こちらは人が少ない。なお、ここは枚岡神社が元々あった場所。

枚岡山展望台まで下りてきた。ここでもう一度、景色を楽しむ。

ズームで撮影したら、東花園駅近くの近鉄車庫との分岐あたりもバッチリ。

大阪城はさすがにズームでも限界の感じ。

枚岡公園を抜ける。

姥ヶ池を過ぎると、クキワツユクサの群落があった。

枚岡神社にお参りして、山行を〆た。
下山すると、さすがに暑さを感じた。山は涼しかったな~!!

 

2026年5月23日(土) [六甲]有馬温泉起点のマイナールート、瑞宝寺谷西尾根~瑞宝寺谷を歩く!!


■メイン写真
瑞宝寺谷西尾根の取付点、展望デッキから三田方面を眺める


■今回のルート
有馬温泉駅→瑞宝寺谷公園→展望デッキ→西尾根ルート取付点→六甲山頂トイレ→六甲最高峰→
六甲山頂トイレ→瑞宝寺谷ルート取付点→スリット堰堤→瑞宝寺谷公園→有馬温泉駅


六甲山系の"ちょいバリ"ルート、瑞宝寺谷西尾根と、瑞宝寺谷を歩いてきた。
西尾根はこのところ雨天中止で行きそびれて久しぶりだったが、相変わらずの
豊かな自然がみられてよかった。

朝の有馬温泉街は、人影もまばらだ。

オープン前の「金の湯」も、当然、人はいない。

今回の登山起点は瑞宝寺公園。青もみじが美しい。

コアジサイがもう咲いていた。

太鼓滝。いい感じの滝だが、じつは事故もちょくちょくある滝で、この日も
生花がお供えしてあった。合掌。

まずは筆屋道を、魚屋道方面へとたどる。

ガクウツギ。

ベニドウダン。

三田方面を見渡せる展望デッキからの眺め。
丹波方面の山々や、有馬富士などが見渡せる。

キバナウツギ。

西尾根の急登が始まる。
それなりに涼しい風が吹いているものの、登り始めると汗が噴き出す。

ナルコユリ。

急坂が緩むと、ちょっとした岩稜に出る。西尾根の見せ場でもある。
日なたになると、急に暑さを感じる。

カマツカ。

標高を稼いでいくと、ササの薮こぎが始まる。
六甲山系にはシカがいないので、ササをはじめ下草が守られている。

モチツツジにしては色がかなり濃かったが、望遠レンズで見ると、葉は明らかに
ミツバツツジではなく、毛も密生していた。

ヤマツツジはいっぱい咲いており、このあたりは鮮やかな朱色の山を楽しめた。

背丈ほどの薮こぎを経て、ドライブウェイに出た。

ベニウツギ。

エゴノキ。

六甲山頂トイレを経て、昼前に六甲最高峰に到着。
記念写真のあと、ランチタイムをとった。

アリマウマノスズクサ。
六甲山系にみられる珍しい植物で、牧野富太郎が発見したらしい。
ニオイでハエをおびき寄せ、花筒の奥の球形の部屋へと誘導する。部屋生えている逆毛に
よりハエは後戻りできず、部屋に閉じ込められる。その後、雄しべが花粉を出すと、
部屋から脱出できるようになり、花粉を付けたハエが花から出ていくという。
食虫植物ではないものの、なんともユニークだ。

下山は、瑞宝寺谷ルートで。ここから入っていく。
以前つけられていた私製プレートは見つからなかった。

はじめはハシゴや固定ロープの箇所が続く。

堰堤を巻き下る。
足元はザレザレのマサ土。スリップしないように注意しながら下る。

堰堤の連続。
それぞれ、うまく越えられるように工夫がなされていて面白い。

ちょっと微妙な箇所もあるが、足のステップを間違わなければ大丈夫。

最後に、スリット式の堰堤をくぐる。

瑞宝寺公園に戻ってきた!!
マイナールートならではの楽しさにあふれた山行だった。

2026年5月17日(日) [大峰]山上ヶ岳、修験道の神聖な地は超・快晴!!

■メイン写真
レンゲ辻へ向かう道中、満開のアケボノツツジ越しに弥山を遠望する


■今回のルート
五番関→鍋冠行者堂→今宿跡→洞辻茶屋→陀羅尼助茶屋→油こぼし→等覚門→西の覗→
大峰山寺→山上ヶ岳(湧出岩)→レンゲ辻→林道終点→清浄大橋


今も女人禁制を守り、修験道において重要な位置づけでもある山上ヶ岳。
久しぶりに五番関からアプローチ。下山も、レンゲ辻からのルートをセレクトしてみた。
清浄大橋からのピストンよりも、変化に富んだ山行が楽しめる。

五番関トンネル前から、登山スタート。

急登、約15分で、女人結界門が立つ五番関に着く。

五番関からは、小天井ヶ岳のピークを経る大峯奥駈道と、横駆道のいずれかを選べる。
この日は、できるだけマイナー感を味わうため、横駆道で行く。

奥駈道と合流し、鍋冠行者堂に到着。「鍋冠」は「なべかづき」と読む。
「鍋を頭にかぶる」の意なので、「かづく」のが正解。
ガイド本や登山地図などでは「なべかつぎ」や「なべかむり」などとあるが、
誤りである。

遭難碑。昭和18年建立の文字が刻まれる。ここより5丁下での事故のようだ。

このあたりは、まるで「修行」とは無縁のような、のどかな、美しい尾根道が続く。

山上ヶ岳が見えてきた。

逆サイドには大天井ヶ岳の美しい三角形のピーク。

鞍掛岩を登る。

オオカメノキが花をつけていた。

洞辻茶屋に到着。ここで、清浄大橋からのルートと合流する。

続いて陀羅尼助茶屋。

陀羅尼助茶屋を通り抜けると、すぐに松清茶屋がある。
「まつきよ」ではなく「まつせい」。

わらじはきかえ所。脱ぎ捨てて掛けられたわらじは見当たらなかった。

油こぼし。
伊勢山上の「油こぼし」と比べると、ずいぶん簡単である。

鐘掛岩。「かねかけ」でよいが、古文書では「すずかけ」ともある。
山上ヶ岳の行場の中でも、難所のひとつとされている。

鐘掛岩のテラスは絶景ポイント。
稲村ヶ岳。

大天井ヶ岳と、はるか背後に金剛山、大和葛城山、二上山、生駒山…。

ここはまずMr.Dashが先にフリーで上がり、お客様に簡易ハーネスを着けていただいて
ザイルで確保して登って頂いた。
まさか登らされるとは思っていなかったお客様。アドレナリン全開の様子だが、
皆さん、うまく登って来られた。

鐘掛岩の上にたたずむ役行者像。
巻き道を行ってしまうと、この景色には出合えない。

鷹ノ巣岩。
昔はここで捨身行が行われていたが、事故が多く、西の覗に場所が変更されたという。
また、この岩は、吉野山・蔵王堂の「蛙飛び行事」の由来でもある。
西の覗では、ちょうど捨身行の真っ最中だった。

西の覗のすぐ先から、アケボノツツジ咲く岩壁をみる。圧倒的な迫力だ。

いよいよ山頂部にさしかかる。龍泉寺の宿坊前を過ぎる。

妙覚門。これを通ると、深い悟りの世界に入るといわれる。

最後の石段を登りきると、大峰山寺に到着する。
修験道の根本道場であり、日本最高所の国指定重要文化財だ。
5月3日の戸開式から、9月23日の戸閉式までの143日間、本堂の扉が開く。
解体修理の際、2体の小さな黄金仏が見つかったことでも知られる。

すぐ上が、山上ヶ岳の山頂で、一等三角点が据わる湧出岩である。

山頂直下の笹原からは、八経ヶ岳、弥山、稲村ヶ岳などが見渡せる。

下山は、まずレンゲ辻をめざす。アケボノツツジが美しい岩稜を横目に、
鉄製の階段を下っていく。

登山道脇にアケボノツツジが咲いていた。近くで見ると、また違った美しさ。

複数の鉄階段で、小稲村の岩峰を巻き下る。

レンゲ辻の女人結界門で、小稲村を見上げる。

レンゲ辻からは、ガレガレと滑りやすい荒れた道を下る。
見上げると、新緑が輝いていた。

荒れた道はさらに続く。沢の水はかなり少なく、本来の渡渉箇所にも、水は全く
流れていなかった。ぐんぐん標高を下げていく。

林道終点に出て、ほっとひと息。清浄大橋へ続く林道脇に、ヤマシャクヤクが
咲いていた。

清浄大橋に到着。

駐車場から、山上ヶ岳を見上げる。ああ、さつきまで、あそこにいたのだと、
感慨もひとしお。
一息ついたころ、ともちゃんが運転するお迎えのクルマがやってきた。