
■メイン写真
西明寺のカエデは、緑~黄~赤のグラデーションが見事だった
■今回のコース
西明寺→天神社→金剛輪寺→依智秦氏の里古墳公園⇒百済寺⇒
道の駅 東近江市あいとうマーガレットステーション
紅葉で有名な、湖東三山(西明寺、金剛輪寺、百済寺)と、それぞれをつなぐ
湖東三山自然歩道を歩こうという企画。
実行してみたら、寺の境内をめぐるのが楽しすぎて、自然歩道を歩く時間がなくなり、
後半はクルマで移動するハメに。
紅葉の盛りは、まだ少し先という感じだったのにもかかわらず、である。
湖東三山は、それほどに魅力あふれる寺だった。

西明寺の境内に入る(湖東三山の各寺に入るには、すべて参拝料が必要)。
色づきつつある葉と、まだ緑の葉の対比が美しい。

庭園に咲く「不断桜」。年中、咲いているらしい。品種としてはフユザクラのようだ。

よく手入れされた庭園で、さまざまな植物を観察する。
ホトトギス。

モッコク。

カエデの紅葉を楽しみながら境内の奥へ。

国宝第1号認定の本堂と、やはり国宝の三重塔。
本堂では、秘仏の刀八毘沙門天像が開帳されていた(写真撮影不可)。
毘沙門天は、四面十二臂で青く塗られた獅子にまたがっている、非常に珍しい
意匠で、江戸時代の作とのことだった。

ところで西明寺には猫の伝説が残る。そして、今も2匹の黒猫が飼われている。
西明寺が織田信長の兵火で荒廃した後、公海大僧正が復興に尽力したころのこと。
公海大僧正が彦根藩へ向かう途中、西明寺の門から二匹の黒猫が現れ、大僧正が後を
追うと、荒れ果てた西明寺の本堂にたどり着いた。
その後、ある僧侶が勤行中にうたた寝をしていた際、夢の中に二匹の黒猫が現れ、
「我らは西明寺を守護する二天である。勤めに励め」と告げたともいう。

境内はコケも非常に美しい。

トイレの建屋には小さなヤモリがいた。かわいい。
次の寺、金剛輪寺へ向かう。
Mr.Dashはクルマを金剛輪寺に回し、ともちゃんが湖東三山自然歩道を歩いて
お客様をご案内する。

アケボノソウ。
序盤で道が崩壊しているところが1か所あり、急斜面を巻かざるを得なかった。
その後はしばらく、遊歩道のような整備された山道となる。

しかし、すんなりいかない。獣除け柵と電気柵が行く手を遮り、出られるところを
あれやこれやと探す。

畑地に出たあとは、里道を歩く。
六体磨崖地蔵。

実をふんだんにつけたクサギ。

金剛輪寺の黒門。浅草みたい。
この真正面に駐車場があり、回しておいたクルマの中でランチを摂った。

ここでも庭園を鑑賞する。
池、岩、樹々の配置が絶妙。

キキョウ。
よく山で見るオヤマキギョウより背が高かった。

境内にある明寿院の龍の襖絵。
眼の白色が異様に光って見える。動き出しそうだ。

ニシキギ。
枝に「翼」がついているので、「マユミ、コマユミ、ツリバナ」と区別できる。


本堂へ続く石畳の参道の脇には、千体地蔵が並ぶ。壮観である。

長い石段が続く。

金剛輪寺本堂(国宝)。

三重塔(重要文化財)。
ここまでで、だいぶ時間を食ってしまった。
ひとまず、引き続き湖東三山自然歩道を先へ進む。
今度はMr.Dashが案内し、ともちゃんがクルマを先に回す。

依智秦氏の里古墳公園。
宇曽川右岸沿いあり、もとは300基近い規模だったが、後世の開墾等で、現存するのは
10基のみ。
6~7世紀、渡来文化の影響を受けたもので、当時の渡来系族である依智秦氏ゆかりの
古墳群だ。

円墳の石室内部に入れるのは、「たぬき塚」のみだ。
ここからは時間の関係で、クルマで最後の寺、百済寺へ直行する。

境内のウメモドキ。

サネカズラ(別名ビナンカズラ)。
ビナンカズラの由来は、昔、この若いつるから採った液を整髪に使ったことから。

池の鯉。餌が売られているので、人が通るたびにこうなる。

ハナノキ。

庭園を抜けると、ちょっとした高台に出る。

ここから比叡山のほか、三上山、箕作山、比良山系などが見える。

こちらの紅葉も、まだまだこれからだが、色づいているところは綺麗だ。

寺とは直接関係がないところに、立派な石垣が残る。
これは、当時の守護職・近江源氏佐々木六角氏が、織田信長の攻撃に備えて寺を城塞化
し、百済寺城とした名残だ。
信長は天正元年(1573年)に六角氏を破り、百済寺を焼討ち。三百坊の石垣や石仏を
バラして安土へ運び、安土城の意識などに転用したという。

本堂。慶安3年(1650年)に竣工し、再建されたもの。

本堂の横にある「千年菩提樹」。
信長の攻撃による猛火に耐え、みごとに蘇った、強運厄除けの樹だ。
じっくり見て回ると、すっかり夕方になってしまった。

帰りには、閉店間際の道の駅 東近江市あいとうマーガレットステーションに
立ち寄った。隣にコスモス畑があった。奥に見えるのは百済寺の奥にそびえる
押立山あたりか。