■メイン写真
登山道から離れた場所にある木材集積所跡
■今回のルート
ヒミツ!!
※大台ヶ原登録ガイドとして、特別の許可を得て入山しています。
記録として掲載しますが、立入禁止エリアには勝手に入山しないように!!
地元自治体によるイベントの下準備で、お声がけを頂き、大台ヶ原の某所にある
昔の木馬道(きんまみち)の下見に出かけた。
大台ヶ原は、明治時代終盤から大正時代まで、土地を所有した四日市製紙により
トウヒなどの伐採が行われており、木材を尾鷲に運び出すためのトロッコ道が
存在していた。
今回の下見は、その部分を環境省と自治体の特別な許可のもと、自然の回復力と
かつての開発の歴史を実体験していだたけるイベントに利用できないかを
検討するのがねらいである。
ルートの明確化と、その安全性の見極め、見どころポイントの確認など、
ガイド視点での助言を行うという任務なのだ。
大台ヶ原のエリア内なので、おなじみの環境省の皆さんと、役場の職員さんたち、
そして同僚ガイド氏という態勢で、一般登山道に入る。

某所から、明らかに「道」の気配が漂う分岐がある。

しばらく等高線に従う形でトラバースし、頃合いを見て屋根筋に出ると、
防鹿柵のゲートがあった。今回は、ここには立ち入らない。

インクライン跡と思われる、直線の軌跡。
谷筋から、いったん尾根上まで木材を引き上げたのだろうが、尾根上には機械や
滑車などの痕跡は確認できなかった。

インクライン跡に転がっていた碍子。
このほか、林業用のケーブルとは異なるワイヤーが引かれているのも確認した。
まじめな任務を忘れ、「このワイヤー着けたの誰や、わいや~」などと
浮かれまくっては、うら若い環境省のお嬢さんたちの失笑を買う。

ギンリョウソウ。花は終盤の模様だが、まだあった。

真新しいクマ剥ぎ(クマによる樹皮剥ぎ)。このあたりに数本みられた。
もとより大声でしゃべりまくる当方の声は、クマには入山当初から聞こえて
いるのだろう、姿は見えないし、獣臭もしなかった。
クマに遭ったら、スプレーも有効なのだろうが、まずはできるだけ遭わないように
鈴や声など、音を立てるのがいいのだろう。

インクライン跡の坂の一番下には、明らかに人為的な平坦地があった。
木材の集積所の跡と思われる。

皆で、平坦地をつぶさに調べる。
「東京資生堂」と刻まれた青い小瓶のカケラ。

古いコンクリートから、頑丈な鉄杭が何本も出ている。
機動設備の跡だと思われる。

その横には、「DAINIPPON」「DB」の刻印がみられる瓶のカケラ。
戦前に、大日本ビールという、大手のビール会社があったようで、
戦後、財閥解体か何かで会社が分割された。アサヒビールの前身らしい。
このほか、水色の瓶のカケラや、レンガがいっぱい散乱していた。
詳しい方のホームページを見ると、かつて、四日市製紙を取材し、トロッコに
乗せてもらって大台ヶ原を取材した伊勢新聞の記者の記事に、現地でビールと
サイダーでもてなされた様子が書かれているという。

平坦地の裏側は野面積みの石垣が残っていた。感動である。
先ほど見かけたワイヤーもつながっていた。

沢を渡ると、対岸にも食器やレンガなどが見つかった。
いったんビジターセンターに戻り、昼食タイム。

午後は、シカの樹皮剥ぎを防ぐための防獣ネットを針葉樹に巻く作業、
通称「ラス巻き」の方法を学ぶ。
「ラス巻き」は、ふだんは大台ヶ原のパークボランティアの手によって
設置が進められている。
ネットは、古いものは金属製なのだが、雨で金属のイオンが溶け出し、
樹皮に生えていたコケや地衣類の生育に影響が出ることが分かって以来、
樹脂製のものが使われている。

深いミヤコザサの薮の中に咲いていたササユリ。
そういえば大台ヶ原では、ササユリの数はそう多くない。
生長する前にシカに食われてしまうのかな。
今回の下見では、環境省の皆さん、役場の皆さんとも、原生的な雰囲気を
取り戻しつつある大台ヶ原の自然を前に、じつに楽しそうだった。
もちろん当方も、ワクワクする心を抑えられなかった。
これこそが、本来の大台ヶ原がもつ魅力にほかならない。
どんなイベントになるのか、楽しみである。