
■メイン写真
音羽山の山頂から多紀連山(五台山、西ヶ嶽、三嶽)を望む
■今回のコース
南矢代駅→火とぼし山→音羽山→火とぼし山→大沢城址(奥谷山)→禄庄城址→大沢八幡神社→
篠山口駅
丹波の里山のうち、駅から歩いて駅へと下山できる山は幾つかあるが、
その中でも忘れられがちな火とぼし山周辺を歩いてきた。
忘れられがちとはいえ、じつは織田信長が明智光秀を使った丹波攻めの折、
地元の領主らが籠り戦った山城跡が残る、ちょっとした「歴史の山」で、
城跡は曲輪の形状が今もよく分かり、多紀連山を一望できるスポットも複数あって
興味深い。

南矢代駅から、火とぼし山方面を見る。

取り付き点の、ほんの数メートル先に、検問中の警官とパトカーがっ、と思ったら、
等身大のリアルな人形。移動式オービスのようなものは、一斗缶ではないか(笑)。
パトカーのドアには、「POLICE」でなく「PEACE」。婦警さんはミニスカ姿。
調べたら結構、有名らしいが、笑ってしまった。

カフェ店舗の脇から山に入る。墓地の左側から、テープに導かれて山道に入ると、
足元には関電巡視路を示す黒い樹脂製の階段が延びている。

すぐに1つ目の送電線鉄塔下に出る。しばらくは送電線鉄塔を示す赤い標識も
役立つ。

P317は東側を巻き、2つ目の鉄塔下に出る。

植林を出て自然林に変わる。尾根道は歩きやすく、ちょうどミツバツツジが花盛り。

緩い坂を登り詰めると、大沢城址(奥谷山)と火とぼし山を結ぶ稜線に出た。
このあたりは「大沢ロマンの森」の周回部で、道標完備のいい道だ。

まずは火とぼし山方面へ。イバラやキイチゴなどトゲ植物が繁茂する鞍部からは、
多紀連山が広く見渡せた。通り抜けに、多少チクチクするのには閉口したが。

少し上ると、火とぼし山の山頂だ。展望はあまりよくないが、「火とぼし山展望台」の
説明看板があり、戦国時代当時の詳しい説明が記載されている(以下原文)。
改行がなく、句点も少ないので、かなり読みづらかったが、中身はじつにリアルだ。
「天正6年8月15日(1578年)明智軍が板井城、木ノ部城を落とし金山越えの障害である
大山城を攻めるに及び、大沢城主酒井勘四郎は、まず一番に老幼婦女子を避難させ、
一族郎党を率い武具に身を固め、長刀、槍を下げ弓矢を背に大沢城、禄庄城、佐畿山城
へと立て籠る。この時、老幼婦女子が避難先の高仙寺城(松尾山)へ向かう際に通った
のが、この火とぼし山で押し寄せる明智軍に対して父親や夫、息子の無事をそれぞれの
城の方向に向かって手を合わせて祈ったのがこの場所とされている。大沢城、禄庄城、
佐畿山城の三城を一望出来る外、波多野秀治の拠点とする八上城(高城山)も遠望
できる。八上城(高城山)に援軍を求める狼煙を挙げたのもこの火とぼし山でそれが
由来となっている。波多野秀治の援軍を阻むために網掛向城から出陣した明知勢の
桔梗の旗印が無数に見え、繰り返される「エイ エイ オー」の鬨の声が耳に届き、
この威圧に老幼婦女子一同が中長等崩れ去る姿が目に浮かぶスポットである。」

音羽山へ向かう道すがら、アセビも満開。

ミヤマシキミも花をつける。

音羽山に到着。ここも丁寧な説明板が立ち、ありがたい。
篠山盆地では、京都盆地になぞらえて、各所に京都の地名がつけられたそうで、
ここは京都の音羽山にちなんで命名されたようだ。

北側は眺めが広がり(メイン写真)、多紀連山が見えるが、南側は雑木が茂り、
かろうじてミツバツツジの向こうにチラッと眺めが得られる程度だ。

このまま稜線を進めば、松尾山に至るが、この日はここで引き返し、
大沢城址(奥谷山)をめざす。

大沢城址(奥谷山)のピークは狭く、雑然としていて展望もないが、
よくよく地形を観察したら、小規模だが曲輪がちゃんと作ってあって、
少し崩れているが、竪堀のような地形も確認できた。

登山道路の針路が北に向く。若いアカマツの群生が行く手を阻むが、道が分からなく
なるほどではない。
丹波でアカマツといえば松茸を想像するが、このあたりも昔は産出していたらしいが、
現在は山を手入れすることもなく、秋も留め山になることはない。

ひとつ登り返すと、禄庄城址のピークに着く。
やはりここにも、丁寧な解説看板がある。
「禄庄城は、大沢城からみると尾根の東北に位置し、大沢城の城主酒井勘四郎の
家老、杉本与衛門と石の久兵衛が拠る城であった。禄庄城と大沢城は尾根を隔て
通じており、向かい北側のさ畿山の尾根には出城であるさ畿城があった。戦国
次代には、味間谷や吹城等の敵に有効な備えであり、この※城の配置は、相互の
死角をよく補い、一方向しか逃げ道のない奥谷に敵を誘い込み、封じ込めた敵を
三城より繰り出した兵でもって死滅する構えを誇示した戦国時代の山城の特徴を
色濃く残した城である。」

禄庄城は、段々の曲輪の跡がじつに分かりやすい。

急坂をジグザグに下り、招福橋を渡る。
もうひとつ登龍口の橋を渡ると、ふもとの林道に出合う。

大沢八幡神社。
もとは酒井、味間、宮田の3庄の産神として二村神社があったが、3村で争いが
起こり、それぞれの村が祭器を持ち帰り、それぞれ神社を建てたもので、
そのひとつが、この大沢八幡神社である。

今年の桜も、そろそろ最後である。

ふと見るとニリンソウ。最後に意外なプレゼント。
大沢1号公園を経て、篠山口駅まではすぐだ。