Mr.Dashのぶろぐ館(新館)

関西の山々や日本アルプスが大好き。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅡ)、山岳ライターでもあるMr.Dashのブログです。Gooブログのサービス停止(2025/11)により、引っ越してきました!

2026年4月3日(金) ワンダーランドな笠置山!! 桜、野草、絶景、奇岩、石仏、鉄道、廃墟、歴史!!

■メイン写真
天武天皇が造立した「弥勒磨崖仏」。3度の火災で仏の姿は消失。岩の高さは15m。

■今回のコース
大河原駅→恋志谷神社→十一面観音磨崖仏→木津川辺り地蔵石仏→甌穴群→ボルダーエリア→
登山口→笠置寺→笠置山→笠置寺→登山口→笠置駅


京都府の最南端、笠置町。
磐座信仰と山岳宗教で栄え、後醍醐天皇がしばらく滞在したことで知られる笠置寺がある。
また、笠置駅周辺のサクラが有名だ。ちょうど季節もよし、天気もよし。
最近の写真か欲しかったので、慣れたこのルートを歩いてきた。

JR関西本線の大河原駅がスタート。キハ120の、京都お茶仕様に乗れた。

木津川にかかる潜没橋は、恋路橋という名。

橋を渡ると、恋志谷神社がある。後醍醐天皇を慕った女官の哀史が伝わる。

まずは木津川の左岸添いの舗装道を歩く。
左側に高い岩場が見えると、その下に十一面観音磨崖仏が現れる。
1534年(天文3年)の造立。

レイクフォレストゴルフ場へ続く舗装道と別れ、右の未舗装林道に入る。

木津川辺り地蔵石仏。こちらは1502年(分亀2年)の造立。

歩きやすい道が続く。

対岸に見えてくるのは相楽発電所。
木津川に造られた堰は落差わずか3.3mだが、立派な取水ダムだ。

鉄橋を渡る関西本線キハ120の標準色。
木津川の水量が異常に少ないので、中洲に難なく渡って撮影した。

関西本線の鉄橋下をくぐる。

二つ目の潜没橋。ここでルート舗装道に合流し、木津川から少し離れていく。

飛鳥路の分岐にある、庄屋庄七終焉の地の碑。
庄屋庄七は、1850年代に、村のために私財を投じ用水路の開拓を試みるが失敗し、
逆に村人から訴えられて村外追放になった悲運の庄屋さん。
のちにその奉仕精神が評価された。

目立たないところにも地蔵石仏があった。

布目川を渡るとすぐ、勧請縄がかかっている。
村では、年の始めに悪霊対策を願って、長さ30mほどある勧請縄を張り替える。

布目川の甌穴群(ポットホール)を観に、岩場となっている河原に下りる。

甌穴とは、川底のくぼみに落ち込んだ小石が回転することで、川床の岩盤が数万年
という長い年月をかけて削れて穴が開く現象だ。
いつもは大水で適当に水が入れ替わっているのだろうが、最近の渇水のせいか
水が循環せず、濁っていた。

再び木津川沿いに出てくる。踏切を渡ると再び未舗装の道になり、嬉しい。

木津川の対岸に、笠置観光ホテルの廃墟が見える。
1990年に営業を停止したという。廃墟マニアには評価が高い!?建物のようだ。

線路のすぐ脇を並行する遊歩道を歩く。

ヒメウズが咲いていた。

木津川の流れを振り返る。

ボルダリングエリアに到着。この日も、数人のボルダーの姿があった。

岩の間から、川の流れを覗く。

満開のサクラを楽しみながら。

川原に近い場所では、ユキワリイチゲがまだ咲いていたくれた。

笠置温泉笠置館の廃旅館。これも廃墟マニアが喜びそう。
昭和28年の木津川水害で、温泉を供給するパイプが壊れ、以来、徐々にさびれて
いった。料理旅館としてつないでいたが、2010年頃に閉館した。

笠置橋を見ながら。

河川敷にはキャンプ場があり、この時期は花見しながらキャンプを楽しめる。
春休みとあって、平日とは思えない盛況ぶりだ。
このあたりは元々は、木津川の水運が盛んだったころは港だったという。

笠置山の登山口。「登山」というが、山頂までの標高差は220mほどしかない。

コンクリート階段を上がると、すぐに山道になる。

庚申堂跡。ぺしゃんこにつぶれた廃墟。

その横には、青面金剛石仏が立つ。1705年(宝永2年)の作。
青面金剛は、すべての病、とくに耳の病に御利益があるという。
青面金剛像の下には、三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)も彫られている。
ちなみにこのあたり、ホンモノのお猿さんも棲んでいて、この日も見かけた。

イノシシが登山道を掘り起こして歩きにくかったが、最後は舗装階段に。
民家脇にニリンソウが咲いていた。

笠置寺に到着し、入口で拝観料500円を払う。
ここから行場めぐりの楽しい周遊路が始まる。

笠置山は、出土品などから、かなり古くから信仰の対象だったという。
弥生時代には、巨石崇拝の「磐座信仰」があり、奈良時代には巨石に仏が刻まれ、
寺院が建立されて、山岳信仰の修行場となっていった。

十三重石塔のバックには、オーバーハングした巨大な笠置石が迫る。
「笠置」の名の由来で、天智天皇の皇子が鹿狩りの際に笠を置いたという。
右隣に、本尊の弥勒磨崖仏が刻まれた、みろく石がそびえる。

正月堂は、懸造りになっている。

千年窟。龍を祀る。

伝虚空蔵磨崖仏。
彫られたのは奈良時代とも、平安時代の弘法大師ともいわれる。
図像学的には諸説あるが、寺には虚空蔵菩薩と伝わる。

胎内くぐりの行場。

続いて、太鼓石。ここも岩間をくぐるが、ここは行場ではないとのこと。

巨岩を仰ぎながら登っていくと、木津川の流れが大きく見える場所に出る。

ゆるぎ石。後醍醐天皇が敵襲に備え配置した。ここからも木津川の流れが見下ろせる。
関西本線を走る列車を撮影しようと、おじさんがカメラを構えていた。
10分ほど待って、一緒に撮影した。
ゆるぎ石は、強く押すと、微妙に動く。

平等石。古くは行堂石と呼ばれた。
かつての修行では、石のトンネルをくぐり、岩の周りを巡るようになっていたそうだが、
危険なため、現在は蟻の戸渡りを通っていくという。

貝吹き岩。元弘の乱のとき、合図や戦意高揚のため、法螺貝が吹かれた。
ツルツルの斜面で、けっこう登りにくい。

貝吹岩の手前から、笠置駅を見下ろす。

笠置山のピーク(288m)は平らになっており、後醍醐天皇の行在所があった場所。
実際は、どこに行在所があったのかは不明で、この場所は1900年に笠置元弘彰趾会に
よって整備されたものという。
元弘の乱に敗れた天皇は、隠岐の島に流罪となる。
その後、隠岐を脱出し、鎌倉幕府を滅ぼし「建武の新政」を行うものの、
足利尊氏と対立し、自身は吉野に逃れて南北朝時代が始まった。

境内に、珍しいアミカサタケが生えていた。
ご住職に話すと、お気づきではなかったとのことで、「さっき、横でクルマを
洗ったばかり」と驚かれていた。

帰りの列車の時間を調整する意味もあって、車道の参拝路の途中にある松本亭に
寄った。30年以上前に、ここで珍しいキジ鍋を食べた。
今でもキジ料理は出している。

コーヒーと、抹茶わらび餅で休息した。

笠置駅前の合戦人形たち。後醍醐天皇軍と、北条幕府軍による戦い(元弘の乱)の模様。 

それにしても当ルート、サクラあり、ユキワリイチゲあり、絶景あり、
ボルダーエリアや笠置山に奇岩あり、布引川に甌穴あり、磨崖仏など石仏あり、
笠置寺など歴史あり、ローカル鉄道あり、ホテルなどの廃墟あり、喫茶・食事を楽しめる
施設ありと、あまりに見どころ多い。楽しすぎるのである。