
■メイン写真
城山の周回遊歩道の途中、諸寄港付近を見下ろす
■今回のコース
浜坂白馬公園→恵比須神社→相応峰寺本堂→観音山→相応峰寺(里寺)→浜坂白馬公園⇒
山陰海岸ジオパーク館駐車場→新田次郎文学碑→城山登山口→加藤文太郎ふるさとの碑→
諸寄港展望所→城山→浜坂駅→加藤文太郎墓所→山陰海岸ジオパーク館駐車⇒
ユートピア浜坂(入浴)
加藤文太郎のふるさと、浜坂。
山が漁港を囲んでおり、海岸への急峻な崖下は海から船で見ると洞窟などがみられる
ジオなエリアだ。
日帰りギリギリの距離ということで、二の足を踏んでいたが、決心して歩いてきた。

クルマを出かけたものの、途中で道を間違えたりして、浜坂に着いたのは、もう昼前。
「道の駅 浜坂の郷」で早めのランチを食べてから、山へと向かった。

浜坂白馬公園から、岸田川と白馬歩道橋を眺める。

観音山への登り口は、まさに岸田川が海へと注ぐ河口。
満ち潮になると歩けないのではと思わせるほどの「標高0m」の砂洲がスタート地点だ。
(地元ハイカーに聞くと、実際には満ち潮の時でもかろうじて登山口に行けるそうだ)

恵比須神社を過ぎ、登山口の前から。

登山道に取り付くと、まず石碑がある。

急な斜面をジグザグに上っていく。固定ロープが張られた場所もある。

はじめの急登を終えると、浜坂漁港と矢城ヶ鼻が見える。

観音山には、山頂に相応峰寺の本堂があり、ふもとからの周回路には
西国三十三ヶ所と四国八十八ヶ所の石仏が並んでいる。
今回、じつはそのすべて(見えた限り)を撮影できた。

稜線に咲いていたマンサク。日本海側にも春が来ている。
他にもアセビ、ヒサカキ等の花が咲いていた。

のどかな尾根道を進んでいくと、平坦な広場に出る。
かつての僧房跡なのか、戦国時代には一時期、織田軍の攻撃に備えるために
相応峰寺城が置かれたので、その時の城郭跡なのか。
ちなみに寺(城)は、天正8年(1580年)、織田軍・羽柴秀長との戦いで焼失したという。
このエピソード、大河ドラマで出てくるのだろうか。

相応峰寺の本堂に到着。本尊の十一面観音は、重要文化財だ。

本堂から少し上がったところに、観音山の山頂がある。

ここからの眺望も最高!!

本堂から表参道を少し下り、鐘楼の前からも展望が開ける。

鐘は無料で撞くことができる。

参道を下る。30年ほど前には、現在の参道のすぐ横に旧参道があったそうで、
地元のハイカーが教えてくれた。確かに、廃道らしき痕跡が認められた。

仁王門。真っ赤に塗られた仁王さんはユニークな表情だった。

仁王門の横には、大きな宝篋印塔があった。

こちらの参道にも、引き続き石仏が並ぶ。

里に下りると、相応峰寺の寺務所など、里寺があるが、こちらの石垣も立派。

白馬歩道橋。

後半戦は城山(芦屋城跡)へ。海岸通りを西へ移動する。

漁船用のインクラインに萌える。

矢城ヶ鼻灯台に行きたかったのに、ルートは通行禁止になっていた。
たまたま、軽トラのおっちゃんがおられて話しかけたら、「みんな行ってるけどな」
とのこと。しかし、我々よそ者は、役場の標識に従うことにした。

別の道で城山に向かう。城山トンネルの左から、山道に入る。標識はない。

標高差わずか80mの登りだが、ものすごい急坂。下りには使わないほうがいい。

稜線の遊歩道に出ると、北に300mで、「加藤文太郎ふるさとの碑」に着く。
樹木が生長し、展望はほぼないのが残念だ。

灯台方面は諦めて、城山公園に向けて遊歩道を戻る。
途中、樹々の間から、まさにジオな光景が覗く。

遊歩道の途中にある、諸寄港を見下ろせる展望台。

海の色がとにかく美しかった。

城山公園の駐車場に出ると、やはり灯台より先へは立入禁止との看板があった。
景勝地なのだから、「禁止禁止」ばかりでなく、なんとか行けるように対策して
もらいたい。

城山の山頂部には、テレビ中継塔や通信の基地局など複数の施設があり、
昔は山城があったという気配がすっかり消えているのが残念だ。

しかし、山頂からは観音山方面の眺めがよく、これは好印象。

別の角度からは、諸寄港方面が見下ろせる。

下山して、浜坂駅に寄ってみる。
タイミングよく気動車が来たらいいなと思ったが、時間が合わず。
このあと、日が高いうちにと思い、加藤文太郎の墓所を訪ねた。
彼岸のタイミングということで、たまたま加藤本家の方々が本家の墓所に
お参りに来られていて、文太郎のお墓について貴重なお話を伺えた。
数年前には、ここを訪れるファンに分かりやすいよう、標識が設置されていたが、
現在は撤去されていて、周辺に加藤姓の墓が複数あることもあって、わかりにくい。
有名人とはいえ個人のお墓なので、ここでは写真を掲載することはしない。

最後に、せっかくなので浜坂温泉に入っていこうということで、
日帰り温泉のユートピア浜坂に立ち寄った。露天風呂はないが、さっぱりした
ナトリウム・カルシウム塩化物泉。なかなかよかった。
このあと、クルマを飛ばして養父町で夕食にありつき、帰宅したら23時。
まさに、日帰り山行の限界であった。