
■メイン写真
街の駅「城跡(きせき)」に展示されている「天壇の雛」
■今回のコース
壺阪山駅→(土佐街道)→街の駅「城跡」→砂防公園→一升坂→岩屋不動→猿石→国見櫓→
高取山(高取城跡)→壺坂門→車道出合→五百羅漢→壷阪寺→舟戸橋→街の駅「城跡」→
壺阪山駅
日本三大山城のひとつ、高取城跡(高取山)を久しぶりに歩いてきた。
2月28日から3月15日まで、ふもとの土佐街道では「町家のひな祭り」のイベントが
行われており、各家ご自慢のひな人形が展示されるとともに、古い町並みを楽しめる。

壺阪山駅前に掲げられた、「町家のひな祭り」の看板。

干支雛は「午」! なんか、、ムリヤリ感がいい。

土佐街道は、江戸時代からの町並みが残っている。

石川医院には、かつての藩主下屋敷の表門が移築され、今も使われている。

街の駅「城跡(きせき)」の向かいに、吉野の大和本舗さんが臨時(毎土曜日)に店を出し、
名物のわらび餅やちりめん山椒を販売。

児童公園の門は、高取城の松の門を移築(一部焼失、残存部を修復)したもの。

植村家長屋門。海鼠(なまこ)壁が印象的だ。
もとは高取藩の家老・中谷家の長屋門で、現在は旧藩主・植村家の住居の一部。
植村家は江戸時代から代々、高取城の藩主で、高取の産業である薬の普及につとめた。
平成まで代々、高取町長を継がれていたからすごい。

砂防公園。梅の花はまだ少し先か。登路にある公衆トイレは、ここが最後となる。

路傍にミヤマカタバミが咲き始めていた。

黒門跡を経て聖天さんを過ぎると、ようやく未舗装道になる。
聖天さんは祠の上に倒木が直撃して、ひどい状態になっていた。
少し先に、「史蹟 高取城址」の碑がある。
急坂「一升坂」が始まる。あまりにきつい道なので、道普請の際にギャラをはずんだ
ことが「一升坂」の由来。

途中で岩屋不動に寄り道する。

栢森への分岐には、ユーモラスな表情の猿石が置かれている。
飛鳥から持ち込まれたものだろう。もしかしたら石垣に使われる予定のものが
目印のため、幸運にもここに置かれたのかも。

きっちりした石垣が出てきた。

国見櫓にも寄り道。二層造りの櫓があったというが、ここからの展望はすばらしい。
岩橋山、二上山、大阪市内のビル街、六甲山系、生駒山系、矢田丘陵、大和三山、
愛宕山、比叡山など、圧巻の風景だ。

松ノ門跡。さきほど児童公園で見た門が、ここにあったのか!

大手門跡を過ぎると、左に杉の巨木が現れる。

太鼓櫓・新櫓の石垣下に着く。日本三大山城の名に恥じない迫力だ。

御神木「芙蓉姫」は、樹齢700年、樹高26mという。

本丸天守台の石垣。高さ12mの立派なものだ。

本丸天守台。三角点が設置されている高取山の山頂に到着。
金剛山、大和葛城山が正面に見える。
高取山は、雑誌「日経トレンディ」の2025年5月号、全国駅近低山特集で、
関西の第1位にも輝いた。

本丸跡をぐるっと回ってみると、まだ雪を頂いた大峰山系が覗く。
さらに高見山なども見えた。

ぽかぽか日だまりの本丸跡でランチタイムを楽しんであとは、別の道で下山を開始。
壺坂口門ルートをとる。10分ほどで一旦、舗装道に出る。

すぐに斜め下の山道に入り、植林帯の中を緩やかに下っていくと、五百羅漢がある。
道中しばらく、ぽつぽつと現れ、クライマックスは巨岩全体にびっしりと羅漢さんが
彫られていて驚かされる。

崩落した岩の下側を覗いてみても、羅漢さんらしきものがある。

少し寄り道をすれば、不動明王や、両界曼陀羅が彫られていて興味深い。

再び舗装道に出て、壷阪寺の横を通る。
壷阪寺は、眼病に御利益があるとされる真言宗の寺で、正しくは壺阪山南法華寺という。

バス道を下るのは退屈なので、旧参道を歩く。
大きな倒木が、新たな生命のよすがとなっている。
土佐街道に戻り、もう一度「町家のひな祭り」を楽しみ、家路についた。