Mr.Dashのぶろぐ館(新館)

関西の山々や日本アルプスが大好き。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅡ)、山岳ライターでもあるMr.Dashのブログです。Gooブログのサービス停止(2025/11)により、引っ越してきました!

2025年11月12日(水) [十津川村・北山村]筏師の道(瀞峡~小松)、古道を歩く!!

■メイン写真
合川にかかる吊橋

■今回のコース
瀞八丁バス停(筏師のみち入口)→田戸の集落→秋葉神社→東野峠→東野集落跡→立会川吊橋→
寸検所跡→有蔵集落跡→大谷の滝→小松茶屋跡→小松駐車地⇒道の駅おくとろ

 



奈良県和歌山県三重県の3県境にあたる瀞峡から、「筏師の道」を歩いてきた。
昭和30年代はじごろまで、北山川流域で伐り出された木材は、筏を組んで北山川に
流され、新宮の港まで運ばれていた。この歴史は600年以上続いていたという。

その筏に乗って操縦していた「筏師」が、新宮からそれぞれの村に歩いて帰った道が
「筏師の道」であり、近年、地元の方々などの尽力により復興し、訪れる人が徐々に
増えつつある。

スタート地点は、瀞八丁。
地域ネコの「きなこ」は、撫でられても眠ったまま。

老舗の瀞ホテル。「紀伊半島大水害」により別棟が流出し、長らく休業していたが、
現在は、1日2組まで宿泊を受け付けており、また、軽食・喫茶も対応している。
営業日が限られているので、営業日程をHPで確認する必要がある。

「筏師の道」の入口。「北山峡筏師のみち」と書かれているが、北山村観光センターが
出しているパンフレットには「筏師の道」となっていて、表記は統一されていない。
ガイドブック著者としては、こういうのは悩みの元である。

序盤は、秋葉神社まではそこそこの急登である。
風情あふれる石畳の道を行く。

寺のような、集会所のような感じの最初の廃屋前に放置されている、錆びた発動機。
何に使ったのだろう。

田戸の集落。かなりの規模の石垣が見える。

一度、車道を渡り、幅も広く、歩きやすい木馬(きんま)道を上っていく。
やがて右に急な石段と鳥居が見え、一番上に上ると秋葉神社に着く。
秋葉神社し火伏の神であるが、紀伊半島にはタタラ製鉄の伝説があり、北から移ってきた
タタラ族は火を神聖視していたという。

もとの木馬道をさらに進む。右手は急峻で、迫力たっぷりの岩峰ものぞく。

植林に囲まれた東野(とうの)峠で、ランチタイムとする。
立ち止まると、少し涼しく感じるが、まだまだ手袋不要、シャツは2枚の姿で十分。

峠を下っていくと、山城のような豪華な石垣がみえる。東野集落跡である。

次々に石垣が出てくる中を下っていく。
数戸が朽ちた廃屋となって残っている。大量の酒瓶が散乱している。

ここにはかつて、筏師を泊めた旅籠もあったようだ。
木材を新宮から江戸に運ぶと、その価格は10倍になったそうだ。
紀伊国屋文左衛門も千石船で熊野杉や尾鷲桧を運び、成功したという。
危険が伴う仕事の筏師も、給金は高く、学校教員の5~6倍の収入があったという。
新宮で1週間ほど遊んでから帰る筏師もいたそうだ。

「筏師の道」は、きれいに残っていて歩きやすいところと、崩れかけて歩きにくいところが
混在している。続いて、固定ロープの難所を注意深くトラバースする。

炭窯跡。比較的、きれいに残っている。

古道は、石垣が積まれ、しっかりした造りになっている。
単なる筏師の「帰り道」ではなく、この道を使って、木材を運んだりしていたのだ。

これまで展望には恵まれなかったが、初めて、北山川の流れを見下ろせる。
筏を流していた時代は、上流にダムはなく、もっと水量が多かったという。

合川(たちあごう)にかかる吊橋の手前には、入山者カウンターが設置されている。

吊橋を渡る。濡れると滑りやすい床板だが、この日は乾いていて安心。
橋の上から見下ろした渓谷は、迫力そのもので、直下の淵は、吸い込まれそうに深い。

吊橋の両端には、トロッコ軌道の線路が放置されている。
ここににトロッコ軌道が敷かれていた時代があったのか。非常に興味深い。

足元にキッコウハグマの花。この時期は、花を見ること自体が少なくなるので嬉しい。

古道は、石垣を高く積んで造られた箇所も多い。

見上げると、立合川にかかる国道169号線の立派な橋。

ふたたび、北山川の流れが見下ろせるポイントがある。
流れが逆流しているように錯覚しそうになる。

まるでケーブルカーの駅の跡のような平地が現れる。「寸検所」跡である。
木場道で運ばれた木材は、ここで役人によって本数、長さ(サイズ)を計測され、
石高として集計された。
すぐ横の急斜面に、細い丸太を束ねてつくったスライダー「スラ(修羅)」に木材を滑らせ、
北山川に落とした。これを「スラ落とし」といい、各所にこのようなものがあったという。

有蔵集落跡の石垣。
昭和60年頃まで1軒が残り、お弁当持参で郵便配達の人が来ていたという。

大谷の滝。かつてはこの滝のすぐ上にも、修験の行場があったのではないかという。

小松茶屋跡。
五右衛門風呂の跡、便器、ヤカンや陶器の皿、建物の土台などが残る。
2階建てだった建屋は、新宮市内に移築されているらしい。

国道の小松橋へ上がり、展望を楽しむこともできるが、この日は下の林道に下る。
最後にもう一度、北山川の流れが見えた。両岸が切り立った岩壁だ。

林道から、赤い実を下げたイイギリが見えた。

ともちゃんが回送してくれていたクルマに戻り、道の駅おくとろへ。

道の駅おくとろには、筏の実物大模型が展示されている。
物産店には、北山村名物のジャバラの加工製品がいっぱい。
15時以降は、温泉もオープンする。この日は時間の関係で温泉は割愛した。

長く地元の人々の産業基盤となっていた筏師の道。
時のうつろいを感じつつ当時の面影を求める、ノスタルジックな再発見の山旅だった。