
■メイン写真
二上山直下からみた、岩橋山、大和葛城山、金剛山が重なる様子
■今回のコース
二上神社口駅→葛木倭文座天羽雷命神社→大和五社瀧大神→とび坂(展望)→鳶塚→
大津皇子墓→葛城第26番経塚→葛木二上神社→二上山雄岳→馬の背→雌岳→岩屋峠→
原岳→麻呂子山→當麻寺山門→当麻寺駅
ようやく秋の気配と思ったら、この日は最高気温が29度の予想。
10月に入って、低山の企画を入れ始めたものの、まだまだ熱中症等に気をつけなければ
いけない。

まずは葛木倭文座天羽雷命神社へ参拝。
加守神社、葛木二上神社も同居している。
境内の左側から山道に入るが、入口のところで山道が二分する。
獣除けゲートを開けて左の道をとる。

300mほど進んだところで、左に沿ってきた涸れ沢を渡る。
もろい風化岩でできている沢は浸食が激しく、中途半端に深いV字になっていて
対岸に渡るのが難しくなりつつある。

渡ると、向こう側の山道はしっかりしている。すぐの分岐で、左の谷筋に下る。
崩れかけたトラバース道を慎重に行く。

沢筋に下りたところに、大和五社瀧大神がある。小さな祠には不動明王像が安置
されている。

奥には涸れた滝。雨後などに滝となる。これでは滝行もできない。
昔は常に水があったのだろうか。いずれ忘れ去られてしまいそうな場所だ。

もとの分岐から、展望が広がるとび坂に出る。
重たい雲に覆われた大和盆地が一望できる。

鳶塚のピークからは、めざす二上山雄岳が見える。

急坂にさしかかる分岐の手前で、登山道にオオスズメバチが絡まっていた。
写真のような塊が2つ、夢中で戦っている様子にも見えた。
刺激しないように、登山道を避けて、軽く巻いて急坂に向かった。

「がんばり坂」を行く。
二上山では、行政や所有者の許可を得ずに、山好きが勝手に道を開拓した「勝手道」が
多いが、その他にも、昔からの地名ではなく最近になってから私製プレートを
掲げて新たな「地名」がつけられたものも多い。
ここ3年くらいでは「トトロルート」など、もう、わけが分からない。

二上神社口駅からのメインルートと合流すると、まもなく大津皇子墓に着く。
大津皇子は、天武天皇の第2皇子。天武天皇の崩御後、天智天皇第3皇子の川島皇子の
密告により、謀反の疑いで捕らえられ自決した。
ただし、川島皇子の密告説には疑念も出ている。
また、墓の場所もここではなく、麓の鳥谷口古墳であるとの説もある。

葛城第26番経塚。たくさんの碑伝が供えてあった。

その隣にある葛木二上神社。祭神は豊布都霊神と大国魂神。
地元では、雨乞い祈願の神社でもある。
神殿は1974年の火事で焼失し、翌年、再建された。

さらに隣には大人数の休憩や弁当を広げるのにちょうどいい広場があり、雄岳山頂の
標識がある。

推す岳と雌岳の鞍部、馬の背を経て、雌岳に向かう。
途中にオケラの花を見かけた。

雌岳に到着、三角点と、日時計が設置されている。
ちょうど、小学校低学年と思われる遠足の一団が来ていて賑やかだった。

ヤマハッカ。

岩屋峠を経て、ダイトレを南下。標高約390mあたりの分岐で東に折れると、
ほどなくして原岳の休憩所「よりみちひろば」に着く。

その先の372m標高点からは、大和盆地南部、橿原市あたりが見下ろせる。

ちょっとした急坂もある。

標高250mあたりに、またまた私設っぽい休憩所。
ひょうたんと柿の実のオブジェのようなものが掲げられていたが、その柿に
スズメバチがたかっていた。

すぐ近くの「姫風の坂」も、私設っぽい休憩所で、こちらは展望が良い。

本日最後のピーク、麻呂子山への途中で、二上山雄岳と雌岳をセットで眺める
ことができた。

麻呂子山に到着。岩橋山方面が開けている。

クリーンセンターの前に出て、カランボ池の横を抜けて、当麻寺の山門前に到着。

相撲開祖、當麻蹶速の塚。
我が国初の天覧相撲とされる、當麻蹶速と野見宿禰の対戦で知られる。
出雲の国の野見宿禰が、力自慢の當麻蹶速に勝った。
勝った野見宿禰は、あちこちに塚や神社ができたが、敗者の塚は、ここにしかないという。

当麻寺駅前にある、中将堂本舗。名物の中将餅は、たいてい午後には売り切れてしまうが
この日はラッキーにも在庫があった。全員、店に吸い込まれていった。