Mr.Dashのぶろぐ館(新館)

関西の山々や日本アルプスが大好き。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅡ)、山岳ライターでもあるMr.Dashのブログです。Gooブログのサービス停止(2025/11)により、引っ越してきました!

2025年6月4日(水) [六甲]牛の背から修法ヶ池、再度山、城山(滝山城跡)へ!!

 


■メイン写真
再度山直下の磐座に、弘法大師が自ら彫った亀石(かめのいわ)がある

■今回のコース
水源池バス停→牛の背→修法ヶ原池→再度山→大竜寺→二本松→城山→港みはらし台→
北野異人館街→三ノ宮駅

六甲山系には、地元の方々による毎日登山という習慣があるが、その発祥の地で
ある大竜寺、再度山へ、鈴蘭台の住宅地の東側・水源池バス停からアプローチした。
下山は城山から北の異人館街へ。最後に「香りの家オランダ館(旧ヴォルヒン邸)」で
お茶を楽しんだ。

バス停から400mほど北上し、右折。また400mほど進み、再度公園への標識に
従い右の林道に入る。
隣接するゴルフ場から打ち込まれたロストボールが無数に転がっていた。

コアジサイが見ごろを迎えている。

林道はほどなく終わり、ちょっとした笹薮を突っ切る。
未明までの雨で、ズボンがびちゃびちゃに。

すぐに歩きやすい山道に変わる。「牛の背」の名前がついているが、地形的にも
そんな印象を感じさせない平坦な道。
この日は涼しい風が林間を吹き抜け、じつに快適だった。

ガクウツギ。

弘法大師修法之地。大師堂に到着。空海(弘法大師)が遣唐使として旅立つ前に、
ここで航海の無事と新仏法の習得を祈願したという。
2年後、無事に帰国した空海は、再びここをお礼参りに訪れた。
すぐ隣にある摩尼山(当時の名称)が「再度山」、寺が「再度山大竜寺」となったのは
このことがきっかけ。

立派な宝篋印塔もある。

修法ヶ原池の周囲は公園化されている。ヤマボウシが満開。

池を眺めながら休憩。

アマドコロが綺麗に咲いていた。

再度山へ向かう。森はもう新緑ではなく、夏の重厚なグリーンになった。

標高差60mほどの短い急登をこなし、再度山の山頂へ。

山頂の南側が開け、神戸の海が見える。

急坂を少し下ると、磐座がある。天狗岩と、巨岩の真上には亀石が刻まれている。

大竜寺の境内に下りる途中にある役行者祠。六甲修験が栄えた時代を物語る。

八十八ヶ所の祠が並ぶ参詣路を抜け、大竜寺に到着。

参道には、毎日登山1万回の記念碑が奉納されている。

シイの巨樹のうろに生えていたのは、鮮やかな赤色のカンゾウタケ。
食べられるらしいが、うーん。。。

5分ほどで、善助茶屋跡に着く。「毎日登山発祥の地」の石碑がある。
明治時代、お雇い外国人たちが始めた毎日登山の習慣は、やがて日本人にも広がった。
善助茶屋は、吉岡善助・善太郎兄弟が開き、外国人たちで賑わったという。
この日も、外国人ハイカーとすれ違った。

大きなモミの下を通る。

木の根が網の目のようになっているところも。

ウグイスカグラ。熟した実は甘くておいしい。

二本松で車道を渡り、城山へ向かう。
城山のピークは展望には恵まれない。なぜか涼しかった風が、ピークでは止んで
しまって暑さを感じた。
城山にあった滝山城は、鎌倉時代末期から南北朝の争乱のころに「生田の布引の城」
として記録が残る。その後はぐっと時代が進み、16世紀中盤に、松永久秀が城を
大改築した。三好三人衆の権力争いを経て、最後は織田信長によって落城したという。

港みはらし台から、北野異人館街のカラフルな屋根を見下ろす。
レトロな異人館と、背後の近代的なビル群の対比がなんともおもしろい。

「香りの家オランダ館」元オランダ総領事のヴォルヒンの邸宅だった。
ここで、おつかれさまのお茶タイムを楽しんだ。