Mr.Dashのぶろぐ館(新館)

関西の山々や日本アルプスが大好き。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド(ステージⅡ)、山岳ライターでもあるMr.Dashのブログです。Gooブログのサービス停止(2025/11)により、引っ越してきました!

2017年6月5日(月) [山城三十山]沢山へ、東海自然歩道、京都一周トレイルを行く!


■メイン写真
江戸時代に造られたと言われる沢ノ池


■今回のコース
菩提道バス停→菩提ノ滝→沢ノ池→仏栗峠→沢山→上ノ水峠→赤尾山(P491)→
西沢山(P515)→仏栗峠→沢ノ池→上ノ水峠→鷹峯→金閣寺道バス停


約80年前に、早熟な天才中学生とその仲間たちが、京都の山を歩き倒し、
「山城三十山」を選定した。

沢山、標高515m。山城三十山の中でも標高は低い部類で、やや地味な存在のような
気がするが、北山杉の「磨き丸太」の起源といえる伝説が残る菩提ノ滝や、
のどかで美しい沢ノ池など、付近のランドマークと併せて行程を組めば、
なかなかおもしろいお散歩ができる。



朝の京都タワー。青空が目に痛いくらい。



JRバスで菩提道へ。
下りたところに古い集落がある。ここから北へしばらく続く中川の集落だ。
中川は、北山杉の発祥の地。
南北朝中末期(1336~1392年間)に、杉の植林が始まったと推定されている。

「台杉仕立て」と呼ばれる独特な育林方法で、中川八幡宮にあるシロスギの母樹から
挿し木で子孫を育て、植林・育林してきた。母樹は樹齢500年を超えたものだというから
相当に古い。

奈良では、江戸時代に植林されたエリアを「日本最古の人工林」と呼んでいる
向きもあるが、実は100年以上、北山杉の歴史は古い。
ただ奈良のは、「日本最古」ではなかったにせよ、当時植えられた杉がそのまま
現在もいっぱい残っている点は非常に貴重だ。

なお、ものの資料によると、日本の植林は、もっと古くまでさかのぼる。
蘇我馬子の頃には、造園の一環として、植栽技術があったようだ。
飛鳥時代には桑や漆、平安時代には茶の木など、時代ごとに新たな種類が
植栽によって育てられてきた。

866年には、常陸国鹿島神宮造営のために杉4万本などが植えられた。
熊野の杉が、土佐国の神社に移植されたのが1190年。
仙台領内では、1314年から、熊野産の杉の種子から苗木を育てられた。
前述した、奈良の川上郡で杉の植林がスタートしたのは1501年だ。

蛇足ながら、ここ中川の集落は、川端康成大先輩の「古都」の舞台。
双子の片割れ、苗子が住んでいた場所との設定。
「古都」といえば山口百恵しか出てこないおっさん世代である。

あっ、話がそれてしまった。



バス停から少し戻り、東海自然歩道を坂尻方面へ向かう。細い舗装道だ。
ここは80年前から、車が通れるほどの幅があったらしい。



道端にユキノシタ。ああ、もう初夏なのだ。



途中で林道を外れ、菩提ノ滝に寄る。
「山城3名瀑」のひとつというが、残る2滝はどこなのか、調べてもわからない。

菩提ノ滝には、北山杉にまつわる伝説がある。

京都北山丸太生産協同組合によると、
「僧侶が旅の途中病気になってしまい、北山の村で行き倒れになってしまい
 ました。村人は貧しい田畑でとれたわずかな食糧と寝床を提供し、懸命に
 看病したそうです。
 おかげで元気になった僧侶は、お礼にこう告げました。
 『菩提の滝の滝壺にある砂で、丸太を磨いてごらんなさい。』
 言われた通り、皮をむいた丸太の表面を砂で磨いてみると、美しい光沢が現れ、
 その木は都で高く売れるようになり、『磨き丸太』の生産で村は大変栄えました」



菩提ノ滝の左側に岩屋があり、不動明王が護っておられる。



林道に戻ると、女滝(めだき)を左に見る。



菩提ノ滝の落ち口の反対側を振り仰ぐと、おお、役行者さんではないか!



林道は、しばらく進むとY字に分岐する。
右へ、沢ノ池をめざす。

菩提川の上流、イケノ谷の上部は赤い水の湿地帯のようになっている。
その昔、温泉が出たとかいう話もあるが、このことか?



舗装が途切れたら、沢ノ池に着く。
江戸時代後期に、灌漑用に造られたそうだが、現在では時代劇のロケ地としても
しばしば利用されている。
南側の両岸からは、旧石器時代の石器や、飛鳥時代から平安時代の土器や瓦が
出土している。西畔では寺の御堂跡、東畔では三間四面の礎石が残っており、
貴族の別荘か、仁和寺に関係のある子寺ではなかったかと推測されている。

南側の仏栗峠に上り、左折。雑木林が美しいところだ。
最初の小ピークは、桃山への分岐。ここは左の細道をとって北上する。



ほどなく沢山の頂上へ。三角点があるだけで、樹木に囲まれた静かな場所だ。



稜線を北へ下ると、上ノ水峠南側の三差路に出る。
2体のお地蔵さんが目印だ。
ここで山菜採りから帰る途中の、地元の老夫婦と出会い、しばらく話をする。
地元の方との情報交換はタメになる。

当初は、ここから上ノ水峠に出て、そのまま鷹峯へ下山する計画だったが、
まだ時間が早く、ちょっと物足りなかったので、さっき沢ノ池のほとりを
歩いた時に雑木林の黄緑が美しく見えた、池の西側のピーク2つを
踏んでみようと思い立った。



北側から回り込んで、もとの林道に戻る。
エゴノキの白いかわいい花を見てから、それらしい営林作業道に入ってみた。



作業道はすぐに細い踏み跡になったが、朽ちかけた木段が続いている。
かつてはちゃんとした登山道だったのか。

小尾根に出ると、倒木が多くなり、ちょっとブッシュがあった。
無理やり抜けてみて、右足になにやら気配を感じたのでチェックしたら、
なんとマダニが数十匹、ズボンのすそにくっついていた。

かれらの住処に侵入したこちらが悪いのだが、「もう人間にはくっつかないように」と
厳しく言い含めて、一匹残らず振り払わせてもらった。

尾根筋は意外に歩きやすく、そこそこ、歩いている人もいるような雰囲気。



P491の赤尾山に到着。ここで正午前。ちょうどいい頃合いと、昼食をとる。

続くP515の西沢山は何も目印がなく残念。
この尾根は雑木林が綺麗だったが、一度も沢ノ池を見下ろせる場所がなく、
そこは期待外れであった。



仏栗峠を経て、沢ノ池の南端に舞い戻る。
池畔にモチツツジが満開状態だ。



上ノ水峠下の分岐では、右のトラバース道をとる。
あとは、とにかくひたすら下り続ければいい。



すぐ先で、大文字山方面が見渡せた。



途中で比叡山が正面に見えた。



神屋川沿いの道を下って、集落に出る。
ウツギの花が最盛期を迎えていた。

坂尻を経て、舗装道を千束へ。鷹峯のしゃれた街並みに見とれていたら、
光悦寺への分岐をやりすごして、左大文字の脇を抜けて金閣寺道まで
歩くハメになってしまった。それもなかなか楽しかったので、よしとするか。


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