I島さんに乗ってもらったのは理由がある。
菅k台の駐車場で救急車をおりて、マイカーを回収し、特例処置で、
本来は一般車通行禁止のバス道を走らせてもらえないかと思い、
ドライバーとして彼に乗ってもらったのだ。
雨が降っていたので、G嬢とともちゃんは、いったん「しらび平」駅で
待機。乾いた服に着替える。
I島さんは菅ノ台で救急車を下りた。
T橋君とMr.Dashは、そのまま伊那中央病院の救急へ搬送された。
途中、3回も脈拍、血圧、血中酸素量、体温の測定がなされた。
頚椎等の損傷が疑われる状態で長時間自力下山させるのは、危険だと云われた。
確かに、そう云われるとそうなのだが…
T橋君はX線検査で、腰の骨の小さな突起部分が骨折していると判明した。

脊椎等は無事だったようで、一安心だ。
全治3週間、元の強度に戻るまで3ヶ月。このときは、入院不要と云われた。
ただし、最初の1週間は痛むよ、という診断。
Mr.Dashは、右ひじの腫れがひどかったが、やはりX線検査で
骨に異常ないとわかり、痛み止め薬を処方してもらった。
さて、菅ノ台で下車したI島さんだが、Mr.Dashの車を駐車場から
出したくても、ゲートの遮断機が夜間閉鎖されていてピンチに立たされた。
G嬢とともちゃんを、タクシーで菅ノ台に下ろし、そのタクシーの協力で、
駐車場入口の機械に、400円を入れて遮断機を開け、開いている隙に
車を入口から逆送させて、駐車場から脱出させた。
伊那中央病院で治療を待つMr.Dashと連絡がとれた。3名が病院に
着く頃には、優先治療のT橋君はもちろん、Mr.Dashの診察も
完了していた。
駒ヶ根警察が事情聴取したいとのことで、奈良に帰ることはできない。
できたら今晩中に来いというが、我々は12時間も緊張しっぱなしで
沢を歩いただけでなく、夕食もとっていない。そんな余裕があるはずもなく、
明朝、行きますと結論。
入院不要とのことなので、T橋君の身柄は、そのままこちらで引き取った。
伊那市内で、なんとかビジネスホテルを確保できた。
コンピニで買った夕食を口にできたころは、もう日付が変わっていた。
17日朝10:00。駒ヶ根警察で簡単な聴取を受ける。
自力下山であり、負傷者も入院しなくて済んだということで、
新聞沙汰にはしないから安心しろと警察。そのまま、奈良に帰還した。
T橋クンが住んでいるのは会社の寮。ひとまず彼を部屋のベッドに
寝かせた。
夜、寮の管理長に連絡が取れた。管理長は、実は山岳部のメンバーなのだ。
翌朝、ともちゃんが朝一番にT橋クンを乗せて地元の病院へ。
身体が満足に動かず、激痛の一夜を独りで経験したT橋クンだったが、
日常生活が想像以上に困難で苦痛だということで、医師の提案もあり
入院を決意した。ともちゃんは即座に、必要な物資の買出しや、
管理長と一緒に彼の部屋から着替えなどを病院に運び出した。
一方、Mr.Dashは、出張先の東京から彼の直属の上司に詫びの電話。
翌日も彼の部門のトップや、管轄総務部長に報告とお詫び。
会社の立場からすれば、仕事に穴を開けるのだから迷惑千万な話だ。
山の事故の事後処理は、なかなか大変なのである。
本当に、こんな事故は、もうこりごりである。
この一週間、仕事は確かに忙しかったが、電車通勤の間や、
トイレに行く間、食事の間などはずっと、どうしてこの事故が起きたのか
頭の中で反省を繰り返していた。
ただひとつ、素晴らしかったと思うのは、T橋クンのファイトと、
パーティ全員の「自力下山」に対する執念だ。
この経験は、確かに二度としたくないが、無駄にはならないような
気がする。
関係各位に感謝。そして、ご迷惑をおかけした各位に改めて
お詫びします。
そしてT橋クン、よく頑張った。大変だろうけど、キッチリ治して、
また山に行こう。